私の仕事

国連難民高等弁務官の10年と平和の構築
未読
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国連難民高等弁務官の10年と平和の構築
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出版社
朝日新聞出版

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出版日
2017年05月30日
評点
総合
3.8
明瞭性
3.5
革新性
4.5
応用性
3.5
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おすすめポイント

日本人で初めて国連難民高等弁務官に就任した御仁といえば、いわずと知れた緒方貞子さんである。リーダーシップを発揮するのが苦手といまだに言われ続けている日本から、国際機関のトップを務める人物が選出された。

本書は、緒方さんが国連難民高等弁務官を務めた1991年から2000年までの期間を中心とした、平和構築に向けての戦いの記録である。クルド難民危機の際には、難民援助のあり方を根底から覆すような英断をしてみせた。それでも、きっと差し伸べた手からこぼれ落ちていった命もある。緒方さんのように、文字通り命がけで、世界の紛争の第一線で活躍する国際援助機関の方々には敬服の念に堪えない。

「国際貢献」は日本人にとって身近な言葉だろう。日本政府のODA(政府開発援助)による途上国支援は、世界の信頼を得ることにつながっている。しかし一方で、海外の災害発生地や難民発生地に向けて、都道府県が保管している備蓄食糧を提供しようという発想が出てこないのはなぜだろうか。日本を客観的に見ることのできた緒方さんだからこそ、その説明は的確で洞察力に富んでいる。

これからの日本には経済大国から人道大国になってほしい、と緒方さんは期待を寄せていた。そのためのプロセスは、緒方さんの歩いた道から浮き上がってくる。現場を一番大事にしていた緒方さんは若者たちに対して、「自分の足で歩いて世界を見ろ」と激励の言葉を贈る。本書を読み通し、緒方さんの背中を追い求めたその先で、私たちは真の国際人として胸を張ることができるだろう。

ライター画像
金井美穂

著者

緒方貞子(おがた さだこ)
1927年東京生まれ。独立行政法人国際協力機構(JICA)特別フェロー。聖心女子大学文学部卒。アメリカに留学し、ジョージタウン大学で国際関係論博士号、カリフォルニア大学バークレー校で政治学博士号を取得。74年国際基督教大学准教授、80年上智大学教授に就任。教鞭をとる一方、76年日本人女性として初の国連公使となり、以降、特命全権公使、国連人権委員会(現理事会)日本政府代表を務める。91年から2000年まで第8代国連難民高等弁務官(UNHCR)として難民支援活動に取り組む。01年より「人間の安全保障委員会」共同議長、アフガニスタン支援総理特別代表、国連有識者ハイレベル委員会委員、人間の安全保障諮問委員会委員長を歴任。03年から12年までJICA理事長。19年、逝去。

本書の要点

  • 要点
    1
    難民問題は政治の問題。背後には貧困や経済の問題がある。
  • 要点
    2
    冷戦終結により紛争形態が国家間戦争から国内紛争に変容し、難民援助の枠組みも大きく変化した。
  • 要点
    3
    クルド難民危機でイラク国内での保護に踏み切ったのは、難民救済を阻む「国境」の壁を打ち破る画期的な試みだった。
  • 要点
    4
    日本には人道大国になることを期待している。自分の足で国内外を歩き、言語を通して新しい価値体系に触れることで、遠い国の人々への「ソリダリティー(連帯)」は得られる。

要約

国連難民高等弁務官とは何か

動乱の時期に
Comstock/gettyimages

「俄然、意欲が湧いてきた。そこまで残って外されたらつまらない」──。最終候補者3名に名前が残ったときの感想だ。1990年師走、ペレス・デクエヤル国連事務総長直々に国連難民高等弁務官をお願いされる運びとなった。着任は、翌1991年2月であった。それから2000年12月に退任するまで、冷戦後の10年間を3期にわたって務めあげることになる。

これまでも、国連総会への参加だけでなく、公使としてニューヨークの日本政府代表部で平和維持活動と人権を担当するなど、事業活動にも関わりがあった。1979年に政府のカンボジア難民調査団長を務めたとき難民に接した経験はあったが、難民保護の仕事は初めてだった。

就任前後の時期は、東西ドイツ統一、ユーゴスラビア分裂、ソビエト連邦崩壊と、世界情勢が大きく変化していた。それから数カ月の間に、難民の数は推定1700万人にも上っていた。激増する難民を前にして、既存の国際緊急援助システムの限界が露呈し、難民保護のあり方に対しても新たな問題が浮上していた。

UNHCRの仕事

国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の職員は、その8割が世界140カ国の現場で活動している。現場はたいてい僻地にあり、常に命の危険と隣り合わせだ。救済対象となる難民は、難民条約で「政治的、人種的、信条的迫害や紛争のために祖国を逃れて国境を越え他国に庇護を求める人たち」と規定されている。そうした人たちに国連の権威の下で法的な保護を与え、衛生管理されたキャンプの設営や食糧、医療を提供するのがUNHCRの役割である。

UNHCRの活動は、国連分担金ではなく任意拠出の事業費によって賄われている。一般に、人道活動や開発援助にかかる事業費をすべて国連分担金で賄おうとすると、国連の財政は立ちゆかなくなるためだ。それに、任意拠出は開発途上国からのものもある。UNHCRは難民の増加で事業費が膨れ上がり財政危機に陥ったこともあるため、お金集めも難民高等弁務官の重要な仕事となる。

難民が生まれる理由
Joel Carillet/gettyimages

政治と経済が安定しないと、人間は逃げる。植民地が独立を果たして主権国家になったとしても、経済的自立ができなかったり、社会的不平等があったり、あるいは政治的な圧政があったりすると、難民の増加が始まる。また、情報網と運輸手段の発達も関係している。東ドイツの人々が西ドイツのテレビを見ていたように、よりよい生活の情報は大きなプル・ファクターとなるからだ。東南アジアの外国人労働者が日本に来るのも、そうした事情がある。

難民は、紛争の犠牲者であると同時に、紛争の当事者あるいは敗者に近い人々である場合が少なくない。そして紛争の原因は政治だ。貧困や経済の問題を背景として、社会の不公正や不正義が拡大し、そうして生じた政治対立が紛争を生んでいる。だから、難民問題の解決には、政治対立の決着が不可欠なのだ。たとえばカンボジアでは、パリ和平会議における和平合意が大きな糸口となった。

冷戦終結とクルド難民

クルド難民危機と難民救済の壁

1990年代は、難民大量流出の時代だった。

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要約公開日 2020.07.22
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