人生100年と言われるようになってずいぶん経つ。しかし私たちの多くは、100歳まで生きることを強くは望んでいない。なぜなら人生最後の数十年間がどういうものかを、目の当たりにしてきたからである。人工呼吸器と種々雑多な薬、股関節骨折とおむつ、化学療法に放射線、手術に次ぐ手術、そしてとりわけ「医療費」。私たちは寿命を延ばすことに成功した。だがそのせいで、「晩年=医療を受けること」という認識を生んだのではないだろうか。
ところが、若々しくいられる時期をもっと長くできるかもしれない。だとしたら、どう考えるだろうか。
なぜ老化という現象が生物に備わったのかについて、「老化の情報理論(Information Theory of Aging)」に基づいて考えてみたい。
まず押さえておきたいのは、「生体内には2種類の情報がある」という点である。
ひとつは、よく知られている「ゲノム」の遺伝子情報だ。ゲノムを構成するのはDNAである。DNAはデジタル方式なので、情報の保存やコピーを確実に行える。途方もない正確さで情報を繰り返し複製できる点においては、コンピュータメモリやDVD上のデジタル情報と基本的に変わらない。
体内にはもう1種類の情報が存在する。それが「エピゲノム」と呼ばれるものだ。こちらはアナログ情報である。
私たちの体をつくる細胞には、すべて同一のDNAがしまわれている。だとしたら、神経細胞と皮膚細胞の違いを生んでいるものは何なのか。その答えがエピゲノムだ。エピゲノムが、どの遺伝子のスイッチを入れ、どの遺伝子をオフのままにしておくのかを調整している。
人の新生児を想像してみてほしい。新生児は、たった1個の受精卵から出発して、約260億個の細胞をもつようになる。細胞1個1個にはすべて同じDNAが格納されているのに、それぞれの細胞は何百種類もの異なる役割へと分化する。そのプロセス全体を調整しているのがエピゲノムである。エピゲノムは、分裂するそれぞれの細胞に対して、どのような種類の細胞になればいいのかを教えるのだ。
エピゲノムは、細胞のアイデンティティを決定する。問題は、それがアナログということだ。デジタルと違って、アナログ情報は時間とともに劣化する。なによりコピーする際に、少しずつ情報が失われてしまう。
エピゲノムの情報が失われると、細胞は自らのアイデンティティを失い、生まれ替わる細胞もアイデンティティを見失う。そうなれば、組織や臓器は次第にうまく機能しなくなって、ついには動きを停止する。これが「老化」の正体である。筋力は低下し、目は濁り、関節は痛み、骨の密度が失われ、認知はあやしくなる。エピゲノムが劣化することこそが、老化の原因なのである。
老化の正体が科学的に解明されるにつれ、新たなパラダイムが拓けてきた。すなわち、老化とは「ありふれた病気」であり、「治療」が可能であるということである。
3,400冊以上の要約が楽しめる