世界一のファンドマネージャーは、ウォーレン・バフェットでもジョージ・ソロスでもなく、誰も聞いたことがないような人物だった。若い頃に「ひも理論」の分野に大きく貢献した物理学者のジェームズ・シモンズだ。彼と数学者のジェームズ・アックスが立ち上げたヘッジファンドのルネサンス・テクノロジーズは「メダリオン」という主力ファンド(1988年設立)において、10年間で2378.6%という収益率を叩きだし、創業から現在に至るまで、年平均で40%近いリターンを維持している。
ルネサンス・テクノロジーズの従業員は200名近くいるが、ウォール街の人間は雇っていない。従業員の三分の一が博士号所持者で、物理学や数学、統計学などの分野の人間だ。彼らは物理学や数学からの知見を活用して、予測不可能と思われた株価や債権などの価格を予測し、莫大な富を築いてきた。
2000年代には、彼らのように高度な数式による価格予測モデルを持ち、高性能なコンピュータ・システムによってポートフォリオを保つ、「クオンツ」と呼ばれるトレーダーたちが飛ぶ鳥を落とす勢いで活躍した。一見、最適化されているようにみえたクオンツたちだったが、2007年8月6日から続いた大暴落(クオンツ危機)以来業績を落とし、市場の混乱を招いた。
ベアー・スターンズやリーマン・ブラザーズといった投資銀行が市場から退いていき、理系トレーダーは金融危機の元凶という議論も巻き起こる。物理学の研究者であった著者はショックを受けると同時に、「物理学を投資の世界に使うことを思いついたのはそもそも誰だったのか?」ということに興味を持ち、調査をしていった。
その過程で、古いモデルを使い続けたファンドは失敗し、古いモデルの限界を正確に知り、新しい数理モデルを利用したファンドは危機を乗り越えていることを明らかにした。冒頭で述べた「メダリオン」は2008年の金融危機の状況下でも80%の好リターンだったというのだ。
株価と数理モデルを結びつけ、金融に革命を興したのはフランスの学者ルイ・バシュリエだ。パリの名門大学グランゼコールに入学できると言われた秀才のルイ・バシュリエは、両親をなくしたことで大学進学を諦め、両親から引き継いだワインの商売で家計を支えていた。その後兵役を終え、パリ大学に入学、フランスで最も有名だった数学者ポアンカレに師事した。
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