「逆・タイムマシン経営論」とは一体何だろうか?
それを語るには、まず「タイムマシン経営」という言葉の説明が必要だ。タイムマシン経営は、既に「未来」を実現している国や地域(例えば米国のシリコンバレー)に注目し、そこで萌芽している技術や経営手法を持ってくることによって利ザヤを得るという戦略である。実践者としてはソフトバンクグループの孫正義会長が有名だ。
「逆・タイムマシン経営論」はこの論理を反転させる考え方だ。過去に遡り、その時点でどのような情報や言説がどのように受け止められ、どのような思考と行動を引き起こしたのか。近過去を振り返って吟味すれば、本質を見抜くセンスと大局観が養われるというのが、本手法の眼目である。
本書は、誰かが考察を書き加えた歴史書ではなく、高度経済成長期前後から2010年代までの「近過去」の時代に作成されたメディアの言説に焦点を絞っている。「近過去」の記事は、そのまま「一次史料」として考察できるためだ。
未来予測はどうやっても不確かなものだが、過去は既に確定した事実である。つまり、歴史はそれ自体「ファクトフル」なものなのだ。
大事なのは、一つひとつのファクトが「豊かな文脈」を持っていることである。特定のファクトが生起した背景や状況といった文脈を理解し、それを自身のビジネスの文脈の中に位置づけて考える必要がある。本書で繰り返し強調されるこの「文脈思考」こそが、ファクトから実践知を引き出す上で決定的に重要な思考法である。この思考法を持っていなければ、膨大な断片的情報から本質を引き出すことはできないし、すぐに「同時代性の罠」に流されてしまうことだろう。
「同時代性の罠」とは、その時代特有のステレオタイプ的な見方に偏った思考やバイアスのことだ。これは現実の仕事においてしばしば意思決定を狂わせる。同時代性の罠は、「飛び道具トラップ」「激動期トラップ」「遠近歪曲トラップ」の3つのタイプに分けられる。それぞれについて紹介していこう。
いつの時代も「最先端」の「ベストプラクティス」や「ビジネスモデル」が多くのメディアを賑わせている。旬のツールや手法を取り入れれば、たちどころに問題が解決し、うまくいくと思い込んでしまう。これが同時代性の罠の最たる例である「飛び道具トラップ」だ。
まずは、近年話題を振りまいている「サブスクリプション」について取り上げる。
新しい経営施策やツールが飛び道具として注目を集めるようになる背後には、決まって華々しい成功事例があるものだ。サブスクリプションの場合、米アドビ社の戦略転換の成功がそのひとつといえる。
2008年頃のアドビは、PhotoshopやIllustratorといったデザインツールをパッケージ化し、売り切り型ビジネスモデルを採用していた。しかし、価格が高いという理由により、新規ユーザーの獲得という点で課題を抱えていた。これが影響したことで、業績は安定していたのにもかかわらず、株価は横ばいをたどっていた。この停滞状況を打破するために、経営陣は大きな決断を下す。それが、2013年に実行されたサブスクリプションへの全面移行だ。それまで海賊版や他社製品を利用していた人たちの新たな需要獲得に繋がり、経営を再成長の軌道に乗せた企業として資本市場からも大きく評価された。
アドビの成功事例は大きく注目され、「サブスクは成長と収益拡大を同時に実現するビジネスモデル」だという言説が、同時代の空気として定着した。
しかしその一方で、AOKIホールディングスの「suitsbox(スーツボックス)」のように、わずか半年でサブスクから撤退する事業も出てきているのが現実だ。成功の明暗を分けたものとは何なのだろうか?
それを知るには、飛び道具トラップのメカニズムを理解する必要がある。
飛び道具トラップが発動するメカニズムは次のとおりである。
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