人間には視覚・嗅覚・触覚などの五感がある。作詞家はこれらの知覚を駆使して言葉を紡いでいくわけだが、世の中の多くの歌詞は視覚的な描写に頼りがちだ。どうも作者の実体験をもとにしたものでなく、想像で物語を描写するときは、視覚的な表現に偏るようである。そして視覚的な歌詞は、どこかで聞いたことのあるような印象を与えやすい。
そこへいくと、シンガー・ソングライター瑛人による『香水』は秀逸だ。サビの「君のドルチェ&ガッバーナの その香水のせいだよ」という歌詞には、誰もが知っていながら口に出す機会のない「ドルチェ&ガッバーナ」という聴覚を刺激するワードと、「香水」という嗅覚を刺激するワードが含まれており、この視覚以外の描写を使った2つのワードがこの曲を特別なものにしている。
もうひとつ、印象的な歌詞がある。宇多田ヒカルの『嫉妬されるべき人生』だ。サビは「あなたに出会えて 誰よりも幸せだったと 嫉妬されるべき人生だったと言えると」という歌詞だ。「幸せ」の度合いを「嫉妬」という対極の言葉を用いて表現しているのだ。さらにそれが悲しげなメロディーにのせられており、「私はいま幸せの反対の反対の反対の反対の……反対です」とでもいうような、複雑な感情表現がなされている。その豊かな表現力には驚かされる。
伝説のツッパリ漫画『今日から俺は!!』がドラマ化されたことにより、そのタイトルを目にする機会が増えた。このタイトルは、本来一番肝心な部分であるはずの「今日から俺は」のあとが空白になっている点がすばらしい。何をどうするかは一文字も書かれていないのに、「!!」だけで「昨日までの俺とは決別するのだ」というポジティブで熱いエネルギーが伝わる。根拠のない自信や大きな夢を胸に抱いていた青春時代そのものが表現されているようだ。
自分ならこのうしろにどんな言葉を付け足すだろうか。とっさに出たのは「今日から俺は、酒を減らす!」だったのが情けない。会う人会う人にたずねてみると、その人の深層心理が見え隠れしてくる。「今日から俺は、貯金する!」「今日から俺は、やさしくなる!」など、妙にピュアなものもあっておもしろい。
ちなみに5歳の息子にたずねると、「きょうからおれは、そのままでいる!」と言い放った。すばらしい自己肯定感である。これがポジティブであるということだ。
還暦を迎えたみうらじゅん氏が、年老いていくことを「老いるショック」と呼んでいた。還暦には干支が回って赤ちゃんに戻るという意味がある。しかし赤ちゃんに戻ると言われても、赤ちゃんと老人はまったく違う。もっとも違うのは
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