1953年にイタリアのウンブリア州に生まれた著者、ブルネロ・クチネリ氏(以下、ブルネロ・クチネリ)は、1978年、色鮮やかなカシミヤセーターを製造する小さな会社を立ち上げた。事業の目的は、倫理的にも経済的にも人間の尊厳を追求することだ。1982年、ウンブリアの小さな村、ソロメオに移り、そこを「人間のための資本主義」を実現する場所と定めた。
ブルネロ・クチネリの「人間のための資本主義」は、人間の尊厳と自然との調和を事業の目的に掲げる。彼のめざすものは経済と倫理の両面における人間の尊厳であり、その根本には、美を大切にすること、年輪を重ねた人やものと未来の世代をつなぐこと、愛のある豊かさ、本当に偉大なものは簡素であるという考え方がある。自然と人間と夢への志を尊重することから「正しい労働」という概念が生まれる――これが「人間主義的資本主義」だ。
ブルネロ・クチネリは、農家で育ったことや個人的な経験から、人の尊厳を傷つけることは絶対に許さないという強い決意があった。人間の価値を尊重し、人間の価値を信じ、天の創造物である自然を傷めず、可能な限り自然への負荷を小さくする。そのように生産されたものこそ価値があると考えた。
思い描いたのは、消費者と生産者の双方にとって価値のある手作りの製品、美しい労働環境のほか、リラックスできる快適な休息時間、手作業の価値が隅々まで行き渡った会社の文化である。誇りとともに穏やかに生きていくためには、互いを尊敬し、事実を重んじる人間関係と、経済的に十分な所得が欠かせないと考えた。そのためには創造性を生む静かな職場環境が必要であり、倫理、尊厳、道徳と一体化した利益を生み出すことと、利益と贈与の均衡に実体を与えることが重要だ。
25歳のとき、ブルネロ・クチネリは現代的な色彩を特徴とする女性用のカシミヤセーターを作ろうと決めた。高度な手仕事と職人技に支えられたイタリアらしい服、最高級の市場セグメントに的を絞り、高価ではあるが価格以上の価値を持つ製品を作ることにした。
事業を始めたときのエネルギーは無知と本能だけだった。しかし、例えわずかな希望しかなくとも、行動することが大事だ。初めは手探りだったが、必死でやっていくうちに状況は好転し始めた。
何もわからないまま事業を始めたブルネロ・クチネリは、すぐに2人の素晴らしい人物に出会う。カシミヤの生成糸を売ってくれた善良な男性と、カシミヤの染物職人であるアレッシオだ。この2人は、情熱だけでお金のないブルネロ・クチネリを信頼してくれた。強い思いがあったからこそ、このような幸運に恵まれたのだろう。
あるとき、ペルージャ郊外にあった小さな工場の移転を計画し、妻・フェデリカが生まれ育った村、ソロメオ村を候補先とした。この小さな村が衰退していく様子にずっと心を痛めていたからだ。そして、事務所として、この村にある中世の古城を購入してはどうかと考えた。歴史的な魅力に溢れるこの建物は、さまざまなインスピレーションを生み出す存在であり、自分の小さな会社の本社を置くのにぴったりだと感じられた。
とはいえ、この計画にはまったく可能性がないように思えた。
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