新型コロナウイルス感染拡大は、日本の有事対応がいかに遅いかを白日の下にさらした。国と地方の曖昧な権限と責任、デジタル化の遅れ、中途半端な外出自粛要請。こうした統治機構としての弱点が可視化されたのだ。地方自治体を通じた国民への給付金の遅れもその1つである。全国民に一律10万円ずつ給付することになったが、諸外国に比べて日本の停滞が際立って報道された。なぜ、日本は給付が遅れたのだろうか。
根本的な原因は「個人データの管理」にある。2016年に本格運用が始まったマイナンバー制度によって、国民一人ひとりのマイナンバーに、住民基本台帳情報や所得情報など、様々な行政機関が持つ情報を紐づけられるようになった。しかし、これらの行政機関が持つ情報を互いに参照することは法令により厳しく制限されているのが現状だ。そのため、給付金の振り込みに必要な情報を集約できず、全世帯から回答された情報をもとに人海戦術で手続きをするという手法に頼ることになってしまった。
ではなぜ、国はデータを一元管理していなかったのか。実は「していなかった」のではなく、意図的に「してこなかった」という歴史的背景がある。太平洋戦争によって壊滅的な打撃を受けた日本は、GHQの指導のもと「戦争をしない国づくり」を進めた。こうして「戦争につながりかねないものは徹底的に排除する」という日本人の新しい価値観が生まれた。そしてその価値観が、国による国民情報管理に否定的な考えにつながっていった側面がある。さらには、ゼロリスク神話も、日本のデータ連携や危機対応のスピードを上げるうえでの妨げとなっているのだ。
著者は福岡市長に就任して以来、スタートアップをさまざまな形で支援してきた。その経験をもとに「ビジネスパーソンは、もっと現実の政治力学を知り、もっと政治と関わっていくべきだ」と主張する。
どんなに優れた製品・サービスを作っても、それを社会に実装させるかどうかを決めるのは政治や行政である。政治や行政の世界では経済合理性は往々にして通用しない。新しいビジネスアイデアを社会に実装させるには、政治の世界の力学や政治家・官僚の行動原理を理解し、法律や規制を変えていくという戦略的なアプローチが必要なのだ。
「日本を変える鍵は地方にある」。これが、国政選挙に出馬せずに「市長」にこだわる著者の持論だ。日本の地方自治には「基礎自治体優先の原則」が存在する。基礎自治体すなわち市町村が市民へのサービスの主体であり、基礎自治体で処理できない問題を都道府県がフォローし、そこでも処理できない問題を国がフォローする構造となっている。つまり、市民に最も近い基礎自治体こそが政治のキープレイヤーなのだ。
しかし、世間のイメージは逆である。それは、地方交付税のお金の流れが、国から都道府県を通じて市町村へ向かっており、基礎自治体優先の原則とは逆向きの流れであるためだ。また、国が作る法律や規制を緩和してほしいときには、国に対して自治体がお願いする形となっている。こうして、国に「逆らいづらい」状態が構造的に生み出されているのだ。
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