日本には795もの大学があるが、芸術系の国立大学は、東京・上野にある東京藝術大学(以下、東京藝大または藝大)1校のみだ。
一般的な大学入試においては、受験偏差値が物を言う。実際、偏差値40台の高校から東大に合格した例はほとんどないだろう。その結果、日本の大学には基本的に、受験偏差値で括られた「同程度の学力を持つ、よく似た傾向の人々」が集う。
東京藝大、特に美術学部は、その点、一般的な日本の大学とは異なる。著者がこれまで知り合った美術学部生や卒業生の出身校は、農業高校などの専門学科高校から超進学校までさまざまだった。東京藝大は、偏差値40台から70台までの人々が集う、日本で唯一の学び舎だといえる。
ここ数年、ビジネス分野において、デザイナーやアーティストの持つ「デザイン思考」や「アート思考」を取り入れようとする動きがある。実際、美術系の大学院への入学を希望するビジネスパーソンも増えている。そうした人たちの多くは、ロジカルシンキングを軸とした「課題解決のみの世界」に行き詰まりを感じているようだ。
では、アーティストたちはどのようにアートと向き合っているのか。彼らは日々、自身の内から湧き上がる「純粋なる衝動」によって作品に向き合っている。彼らの究極の目標は、今までにない表現を発明することだ。彼らはすべてを「自分ごと」として捉え、制作活動という“仕事”を通して、自らの信念に働きかけている。アートを学び、制作する行為そのものが「自分ごと化」を突き詰めていくことなのである。
アーティストは、おおよそ以下のプロセスで作品を制作する。
(1)作品のビジョン・アイデアが浮かぶ
(2)具現化するために思考を巡らせたり、取材・リサーチをしたりする
(3)作品制作をする
(4)作品展示をするため、さまざまな人と協働する
この過程で最も重要なのは、「どう描くか」ではなく「何を描く(表現する)のか」、つまりビジョンを実現させるための「本質的な思考力」だ。ビジョンを実現させるための「本質的な思考力」が、作品としてアウトプットされるのである。
東京藝大の絵画科油画専攻(以下、油絵科)の受験競争率は常時17〜20倍、年によっては30倍にのぼることもある。競争率が高いといわれる早稲田大学でも6~7倍だから、その高さがわかるだろう。
浪人を経て入学する人の割合も際だって高い。2020年、日本の大学入試全体の現役合格者率は77.6%である一方、東京藝大美術学部ではわずか22.5%だ。これだけ浪人生の多い理由は、入試問題にある。
一般的に入学試験には必ず学校ごとの傾向があり、受験生は過去の傾向を把握し、試験対策をする。しかし、東京藝大の美術学部、特に油絵科においては、入試問題に明らかな傾向がみられない。
令和2年度とその前年度の実技試験は、次のとおりである(一部省略・編集)。
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