長いあいだ、脳は固定的で変化しないものと考えられていた。しかし、いまでは脳は非常に柔軟で、刺激に順応し変容するものであることがわかっている。専門用語では、これを脳の「神経可塑性」という。この特性を少年時代の著者ジムに身をもって理解させてくれたのは、手品用品専門店「マジックショップ」で出会ったルースという女性だ。彼女との出会いは1968年にさかのぼる。
「ジム、どう? 本物のマジックを習いたい?」この問いがジムの運命をガラリと変える契機となった。
当時のジムは、誰からも求められないと感じていた。誰の役にも立たず、誰も気づかない場所に置きっぱなしにされているかのようだった。ジムの父親はアルコール中毒で何日も家を空けることが多く、母親はうつ病を患っていた。翌月の家賃の心配も絶えない。いつアパートを追い出されるかとびくびくしていた。周りの誰もが自分のことで精一杯だったのだ。
そんなジムにルースはあるマジックを授けてくれた。マジックは四つの教えから成る。一つ目の教えは、「からだを緩める」こと。そして二つ目は「頭の中の声を止める」こと。呼吸に意識を集中して、浮かんでくる思考を遮断することによって、自分の考えから自分自身を切り離す。そして次の10カ条の言葉を繰り返すことである。
「僕には価値がある。愛されている。大切にされている。僕は他人を大切にする。自分のためにいいことだけを選ぶ。他人のためにいいことだけを選ぶ。僕は自分が好きだ。他人が大好きだ。僕は心を開く。僕の心は開かれている」。
最後は「なりたい自分を描く」ことだ。そうすれば欲しいものがなんでも手に入るという。だが、その前に三つ目の教えである「心を開く」ことが欠かせない。ルースは次のように忠告している。
「このマジックを使う前に、心を開いて、何が欲しいかをよく知らなくちゃならないの。本当に欲しいものを知らずに、欲しいと思い込んでいるものを手に入れたら、欲しくないものが手に入ってしまうの」。
ジムは大人になってから、こう振り返っている。12歳の少年はこの「心を開く」ことの意味をあまりよく理解できないままスキップしてしまったと。欲しいものがいっぱいあったため、早く最後のマジックにたどり着きたかった。何より貧困から抜け出すためのお金が欲しかったのだ。
ジムが挙げた欲しいものは次のものだった。「アパートを追い出されないこと、好きな子とのデート、大学に行く、医者になる、100万ドル、ロレックス、ポルシェ、豪邸、島、成功」。
最初の願いごとを頭の中で繰り返すうちに、それが現実になった。強く願えばそれがかなうことを12歳のジムは確信した。
「強く思えば、望んだものが手に入る」。これは神経科学と脳の可塑性の強力な例である。意識を向けることには大きな力があり、それは脳を変え、学習や成果や夢の実現を助ける部分を強化する。
ルースは、誰も面倒を見てくれない貧しい子という自画像からジムの意識を逸らせて、心がいちばん欲しているものに集中させた。これがルースのマジックの正体だ。
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