時間とお金は、誰もが欲しがり、貴重に感じられるものだ。しかし、お金があれば時間がない、時間があればお金がないと言われるように、時間とお金は二者択一であり、両方を望むだけ手に入れるのは難しい。私たちはいつも、自分で料理するかそれとも外食するかといったように、時間とお金のどちらかを選んでいる。この時間とお金のトレードオフはきわめて重要であるにもかかわらず、私たちはそれをしていることにほとんど気づいていない。
私たちの誰もが、自分の人生にどれだけの時間が残されているかを知らない。ある日突然に時間はなくなってしまう。私たちは、より多くのお金を追い求める一方で、時間こそが自分にとって最も価値のある有限な資源であることを理解していない。
産業革命以来、人びとは「タイム・イズ・マネー」という言葉によって、時間を金銭的な価値に換算し、お金が最も価値のある資源であるという考えをすり込まれてきた。20代の人生で最高の年月を犠牲にする。70歳を過ぎてもなお働き続けて、人生の目標を先送りにして、やりたいことを毎年「来年」に回す。それでは、棺の内側を未使用の航空券で覆い尽くす羽目になってしまうかもしれない。
ほとんどの人は時間をお金ほど大切にしない。お金ばかりに目を向けて、ストレスと不幸と孤独感が蔓延し、結局、金銭的にもそれ以外のかたちでも高くつくことになる。この現象を「タイム・プア(時間的に貧乏)」と呼ぶ。
時間とお金に関する決定の多くが最適ではないことを知り、「タイム・イズ・マネー」ではなく「マネー・イズ・タイム」の考え方に従って生きられるようになることを目指すべきだ。お金よりも時間を大切にする「タイム・スマート」で「タイム・リッチ」な生き方ができるようになると、幸福感が増大し、社会的なつながりが強まり、人間関係と仕事の満足感が増すことになるだろう。
アメリカの勤労者の80%以上が、時間が足りないと感じている。研究データによると、タイム・プアな人は幸福感が弱く、生産性が低く、ストレスが多い。運動をせず脂肪の多い食品を摂って、健康を害することも多い。タイム・プアな人が多い社会は高い医療費が必要とされるし、従業員の生産性が落ちることで多額の損失を被っている。
1950年代に比べて、アメリカ人の労働時間は減少し、余暇の時間が増えているのにもかかわらず、かつてないほどタイム・プアに感じている。時間をどう評価するか次第でタイム・プアになりうるからだ。
私たちは絶えず誰かとつながり、もっとお金を稼ぐことを考える。自由時間がとれたとしても休むべきではないと自分に言い聞かせて、働き続けてしまう。オフィスを離れない人が英雄視され、寸暇を惜しんで働き続けなくてはならないと思わされる。このように、私たちは慢性的にタイム・プアに感じさせられる「タイム・トラップ(時間の罠)」にはまっているのだ。
1時間の余暇があったとしても、その間にメールをチェックして返信したり、アプリの通知を確認したりする。1つひとつに大した時間はかからないが、「タイム・コンフェッティ(時間の紙吹雪)」が起きてしまう。認知機能に負荷がかかり、余暇が寸断され、幸福感を得る活動に没頭できないのだ。
莫大な資産を持っている最富裕層の人びとでさえ、幸せになるためにはもっと多くのお金が必要だと考えている。だが、165カ国170万人のデータを調べたところ、これ以上稼いでも幸福感が増さなくなる金額があることがわかった。
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