2018年、丹羽宇一郎氏は、史上最年少棋士となった藤井聡太氏と初めて会った。当時の藤井氏は、高校に入学したばかり。63歳離れたふたりは、ときどき会うようになった。本書はそんなふたりの対談をまとめた一冊である。
丹羽氏が思う「トップの条件」は3つある。「負けず嫌い、反骨心」「忘れる力」「孤独の力」だ。
負けず嫌いといえば、藤井氏が子どもの頃、負けて激しく泣いていたことは広く知られている。負けず嫌いのエピソードとして藤井氏自身の記憶に残っているのは、小学2年生の頃、谷川浩司(たにがわこうじ)氏から指導対局を受けたとき、負けそうになって泣いてしまったこと。谷川氏が引き分けを提案するも、将棋盤の上に覆いかぶさって悔し泣きをした。
負けず嫌いで泣いてばかりいた藤井氏を、両親は温かく見守ってくれた。「そんなに泣くんだったら、もう将棋なんてやめなさい」と言われたのはたった1回だけで、「メソメソするな」などと叱られた記憶もない。
幼稚園の頃はピアノも習っていたが、あまり夢中になれなかった。欲しがるものはおもちゃやテレビゲームではなく将棋の本で、いつでもどこでも将棋をやりたがる子どもだったという。そんな藤井氏を見て、母はピアノをやめさせ、将棋に専念させることを決めた。
その後も小学4年生、6級で奨励会に入るまでは、負けて悔し泣きをすることがしばしばあった。しかし奨励会で棋士を目指している人たちと切磋琢磨する中で、「棋士になるためには、悔しさを態度に出すよりも、しっかり対局を振り返って次につなげることのほうが大事だ」と気付いた。
振り返りで大切にするのは、最初に形勢が傾いたのはいつかということだ。均衡が崩れた要因を言語化すれば、次回以降に応用できるようになると考えているからだ。
「この負けだけは生涯忘れないぞ」という対局があるか、という丹羽氏の質問に対して、藤井氏は「ない」と答える。激しく泣くことになった谷川氏との対局では、悔しい気持ちもあったが、それ以上に「トップ棋士の谷川氏と盤を挟むことができてとても良い経験になった」という思いのほうが強かった。悔しい気持ちだけでは次につながりにくい。悔しさがあっても、それを乗り越え、次に活かしていくことが大切なのだ。
藤井氏が忘れることの大事さに気付いたのは、プロになってからのことだ。負けた将棋の内容をしっかりと反省した後は、負けたこと自体はなるべく忘れて、切り替えるようにしている。勝った将棋は、そもそもあまり振り返らない。
将棋は必ず最後に勝ち負けがつくゲームだが、勝ち負けだけにこだわってしまうと、その内容について正しく振り返って評価することが難しくなるものだ。勝敗はいったん忘れ、その局面について振り返って学ぶ必要があると考えている。
「孤独の力」についても、丹羽氏は「あらゆる分野のトップにあてはまる」という。丹羽氏は伊藤忠商事の社長時代、株主への配当金を無配にして、バブル期の負債4000億円を一括計上するという荒療治をしたが、その最中は常に孤独だった。歴史ある会社を潰してしまうリスクがあったからだ。
責任者は、ただ一人自分だけ。そういうときは誰にも相談できないものだが、次の強さの糧にするためには、そういう孤独感がトップ自身になければならないと丹羽氏は考える。
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