ちょっとした心がけとほんの少しの知識で、あなたの映画の見方はぐっと豊かになる。その主張に対して、こう感じる人もいるだろう。映画を見るのは簡単なことであり、特別な知識や経験は必要ない。そもそも映画は感性で味わうべきもので、分析や批評なんて野暮なだけだ――と。だが、映画を見るのは難しいものだ。
映画の強みは、子どもから大人まで誰が見ても直観的に理解できることである。一方で、簡単そうに見えて実は難しいところに、映画の奥深さはある。映画は、一度見ればすべてを理解できるほど単純なものではないのだ。
「トイ・ストーリー」というアニメーション映画の大ヒットシリーズがある。子どもから大人まで多くのファンを持つ「トイ・ストーリー」シリーズは、わかりやすい映画の筆頭と言ってもいいだろう。
だが実はこの作品には、アメリカの歴史と国民性、ハリウッド製のジャンル映画の記憶が色濃く刻印されている。そのことを意識すれば、作品の見え方がまるで変わってくるだろう。
「トイ・ストーリー」はその名の通り、オモチャたちの活躍を描いた作品だ。さて主人公のウッディはなぜカウボーイ(保安官)なのだろうか。相棒役のバズ・ライトイヤーがスペースレンジャーなのはなぜだろうか。
映画研究者の川本徹氏は『荒野のオデュッセイア――西部劇映画論』(みすず書房)のなかで、これらの疑問に答えてくれている。カウボーイとスペースレンジャーは、「フロンティア」というキーワードによって結びついているのだ。
カウボーイは西部劇の主人公だ。アメリカにとって西部のフロンティア開拓は「明白なる天命(マニフェスト・ディスティニー)」であり、その様相を描いた西部劇は一大映画ジャンルとして人気を博した。しかし西部が開拓されつくし、フロンティアが消滅したのと同様に、西部劇というジャンルも衰退する。
そこでハリウッド映画は、「宇宙」を次のフロンティアとした。カウボーイとスペースレンジャーは新旧のフロンティアを象徴するヒーローであり、このふたりがバディを組んでいることには理由があったのだ。
実際、クリント・イーストウッド監督の『スペース・カウボーイ』(2000年)はそのものズバリのタイトルであるし、火星からの脱出を描いた『オデッセイ』(リドリー・スコット監督、2015年)も西部劇のエッセンスと宇宙を掛け合わせた映画だ。劇中でマット・デイモン演じる主人公が「カウボーイ」という単語をなにげなく口にする瞬間は見逃せない。
他にもアメリカの歴史が反映されたシーンがある。たとえば『トイ・ストーリー3』の冒頭のシーンだ。アンディ少年は、列車強盗と保安官が戦いを繰り広げる夢を見ている。宇宙船やレーザービームなどを用いた末に使用されるのは、「サル爆弾」という兵器だ。爆発後に赤いキノコ雲を形成する「サル爆弾」は、明らかに核兵器をモチーフにしている。
このように、子ども向けと思われている「トイ・ストーリー」にも、アメリカという国家のたどってきた歴史や国民性が織り込まれているのである。
知識を身につけることで映画の見方は無限に広がっていく。個々の作品を深く見られるようになるだけでなく、映画の「横の繋がり」にも目を向けられるようになるだろう。知識にくわえて、ささいなセリフや演出上の工夫に気づく感性が育まれれば、映画をより深く味わえるようになる。研ぎ澄まされた観察力や注意力は、ビジネスのさまざまな現場に活きてくるはずだ。
「なぜ人は映画を見るのか?」と聞かれたら、あなたはなんと答えるだろう。著者の答えは「映画を見ると得をするから」だ。
映画は「オワコン」だと思う人もいるかもしれない。しかし2019年、日本における映画の年間興行収入は2611億円強、観客動員数は1億9491万人と、統計を取りはじめた2000年以降で最高の数字となっている。
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