科学技術の進化が人間の幸福につながると信じてロボットや脳科学を研究していた著者。しかし日本のGDPが50年で6倍に増えても日本人が幸福になっていない事実を目の当たりにし、人間が幸せになるメカニズムを明らかにするため「幸福学」の研究を始めた。
「幸せって、何だと思いますか?」と尋ねられた人々の答えは実に多様だ。お金、夢の実現、好きな人といることなど、それぞれの考えを持っている。ロシアの文豪トルストイは、小説『アンナ・カレーニナ』の冒頭で「幸福な家庭はみな似通っているが、不幸な家庭は不幸の相もさまざまである」と書いたが、著者は、幸せの形は人によって異なるが、一方で共有可能な幸せのイメージは存在するのではないかと考える。その世界共通の幸福のメカニズムを学問的に解き明かし、「全体幸福への道筋を明確化」することが著者の目指すところだ。
本書ではまず第1章で幸福研究の概要を振り返り、その後第2章では著者が実際に行った研究の成果である幸福の因子分析の結果を紹介する。そして第3章ではこれからの世の中がどうなっていくのか、また私たちはどうすべきなのかを考察する。
まずはこれまで行われてきた幸福研究の概要を見てみよう。その際に気をつけなければならないのは「幸福」という概念は国や言語によって異なるということである。英語のhappyは幸福やうれしいといった意味を含むが、英語の幸福研究はhappyではなくwell-being studyと呼ぶのが一般的だ。happyとwell-beingの違いは何か? 例えば、happyな状態になるだけならドラッグやアルコールでも可能だが、それは良い人生を送ることにはつながらない。短期的な楽しみと長期的な視野での幸福の概念の違いを理解する必要がある。
幸福研究には、主観的幸福研究と客観的幸福研究がある。本書で取り上げるのは主観的幸福だ。これは「各人の主観的な幸福感を、統計的・客観的に見る」というものだ。客観的幸福研究が収入や学歴などのデータに基づいているのに比べ、主観的幸福は当事者の気分や環境の影響を受けるため学術研究の分野では学問の対象として見なされてこなかった。それでは著者はどのような手法で主観的幸福を研究しているのだろうか?
著者は主に「幸福度」「生活満足度」「ディーナーの人生満足尺度」「感情的幸福」を指標に用いて、アンケート調査によって幸福を定量化している。「ディーナーの人生満足尺度」とは、次の五つの質問によって人生満足度を測るもので、幸福の研究で頻繁に使われている。
1 ほとんどの面で、私の人生は私の理想に近い
2 私の人生は、とてもすばらしい状態だ
3 私は自分の人生に満足している
4 私はこれまで、自分の人生に求める大切なものを得てきた
5 もう一度人生をやり直せるとしても、ほとんど何も変えないだろう
このような調査を1500人の日本人に行った結果、これらの指標は互いに一定の相関関係にあることが示された。この定量化された「主観的幸福」の知見をどのように活かすことができるかを著者は考えている。
幸福の定義と範疇は明らかになったが、そもそも人は幸せを目指すべきなのだろうか?
古代から問われてきたこの問題に対しては肯定と否定の双方の立場から様々な主張がなされてきた。肯定派の一人であるアリストテレスは「幸福は誰もが求める最高の目標である」と述べた。否定的な意見としては、「幸せは目指すべきものではなく日常の中にあることを発見すべきものだ」「それを目指しているところに幸せがあるのだ」といったものがある。
著者は、幸福という抽象的で壮大な目標を目指すことの困難に同意しつつ、だからこそ幸福を因数分解し、具体的目標に落とし込むべきであるとする。そして、「幸福は、目指すべきものではなく、メカニズムを理解すべきもの」と述べる。すると目指すべき目標が明確になり、私たちの脳は意識せずとも幸福を目指してしまうのだ。
ところで、幸せな人とはどのような人なのだろうか? 幸せに関連する要因については多くの研究がある。幸福には様々な要因があり、本書では付録として四十八項目を紹介しているが、
3,400冊以上の要約が楽しめる