従来の経済学では、人間というものを、自分の利益を最大にするために情報を最大限に利用し、合理的な行動計画を立てて実行する生き物とみなしてきた。行動経済学は、その人間像をいくつかの点で変えている。
1つ目は、不確実性のもとでの意思決定の仕方だ。行動経済学では、プロスペクト理論と呼ばれる考え方で意思決定すると考えられている。
2つ目は、行動タイミングに関する意思決定の仕方だ。従来の経済学とは異なり、人間は、決めたことであっても気が進まなければ先延ばしして後悔することも多いとされている。このような先延ばし行動は、現在バイアスという特性を用いて説明される。
3つ目は、人間の利他性についてだ。伝統的な経済学は利己的な人間を前提としていたが、行動経済学では、人間は利他性や互恵性をもっているとする。
4つ目は、直感的な意思決定についてだ。行動経済学では、人間は計算能力が不十分であり、直感的な意思決定をするものだとしている。この直感的意思決定をヒューリスティックスと呼ぶ。
要約ではこの4点のうち、プロスペクト理論と現在バイアスについて取り上げる。
あなたは、降水確率が何%以上だったら傘をもって出かけるだろうか。雨に濡れるリスクを避けたい人は、降水確率が低くても傘をもって出かけるだろう。一方、濡れるリスクを気にしない人は、降水確率が高くても傘をもたずに出かけるだろう。
伝統的な経済学では、人間は、何かが起こる確率と、それが起こったときの利得を掛け合わせて意思決定すると考えられてきた。しかし実際には、私たちはすべてについてそうした計算をしているわけではない。
一方、行動経済学において、リスクのもとでの意思決定には、確実なものを強く好む「確実性効果」や、同じ額を得るのと失うのでは、失う方を何倍も嫌うという「損失回避効果」という2つの特徴がある。これらの特徴をまとめて、プロスペクト理論と呼ぶ。
伝統的な経済学では、「太った人は合理的な意思決定の結果太っていて、太ることを望んだ結果だ」と考える。「食欲が満たされる嬉しさ」と「それによって将来太るという損失」を天秤にかけて、前者が後者を上回る限り食べ続けるものと考えるのだ。
しかし実際には、ダイエットの決意が固くても、食欲を優先することはあるはずだ。いざ計画を実行する時になると、目先の楽しみを優先し、計画を先延ばしにしてしまう――。このような人間の対応を、行動経済学では「現在バイアス」という。
とはいえ、すべての人が現在バイアスのもとで先延ばし行動をとっているわけではない。自分に現在バイアスがあることを自覚し、給与を天引きして貯蓄に回す、スナック菓子を買い置きしないなどの「コミットメント手段」を利用している人が多いからだ。
ナッジとは、これまで紹介してきたような意思決定の歪みを、行動経済学的特性を用いてよりよいものに変えていこうというものである。一般的には、人々の行動を変えようとするとき、法的に規制して罰則を設けたり、税や補助金による金銭的インセンティブを使ったりすることが多い。しかしナッジは、法的な規制も金銭的インセンティブも用いないで行動変容を引き起こす。例えばカフェテリアで果物を目の高さに置いて、果物の摂取を促進するといったことだ。
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