精神科医の六麦克彦が要鹿乃原(いるかのばら)少年院での勤務を始めて5年が経っていた。神戸の自宅から山間部にある少年院まで、3つの府県をまたいで片道3時間強。週2日の出勤日に朝4時半に起きて始発電車に乗る生活は2年で交替の約束だったが後任はまだ決まっていない。
この少年院には、窃盗、傷害、強制わいせつ、薬物乱用、詐欺、放火、殺人など、ほぼ全ての犯罪を行った非行少年たちが収容されている。他の少年院と違うのは、彼らが知的障害や発達障害のいずれか、または両方をもっていることだ。少年たちは多様な犯罪に手を染めたが、かつては大切に保護されるべき障害児でもあった。
ある日の昼休み、六麦がテレビのスイッチを入れるとニュースが耳に入ってきた。早朝の公園で若い女性の遺体が発見された。鈍器のようなもので殴られた後、首を絞められ殺害されたようだ。容疑者は田町雪人、20歳。午前11時頃、母親と一緒に出頭してきたところを逮捕された。金銭トラブルが原因とみられている。
六麦にはこの名前に聞き覚えがあった。4年ほど前にこの少年院にいた少年だ。少年院を出てから、再非行で戻ってくる少年は一定数いる。だが、六麦にとって、自分の診察した少年が殺人事件を起こすのははじめてだった。呆然とした気持ちになりながら、六麦はまだあどけなさの残る雪人のカルテの写真を見つめ、記憶を遡った。
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