本書の著者の仕事は本を読むことである。本が出版される前のゲラと呼ばれる試し刷りを読み「内容の誤りを正し、不足な点を補ったりする」(『大辞林』)。そんな「校正」の仕事を10年以上続けているが、飽きるということはまったくない。
自分では選ばないような本を、理解できるまでとことん調べながら読む。普通の読書とは違い、一文字ずつ、同じ速度で、指さし確認をするように読んでいく。誤字脱字を「拾う」だけでなく、事実関係の正誤をたしかめる「ファクトチェック」も行う。そうして何度もゲラを読んでいると、あっという間に校正期間の2週間が過ぎている。
編集者から新たなゲラを預かって最初の1ページをめくるときは、期日までに終えられるだろうかという不安と、どんな世界が待っているのだろうという期待が入り混じる。そんな校正の魅力をひとことで表せればよいのだが、うまい言い方が思いつかない。そうしてできたのが本書だ。
読書は自由な行為だ。どこから読み始めても、どんなふうに読んでもいい。お好きなところから、ページをめくってみてもらいたい。
『三谷幸喜のありふれた生活』の連載が朝日新聞で20年以上も続いているのは、人気脚本家の生活が本当に「ありふれた」ものだったとしても、特別なもののように読ませる文章であるからだろう。それでも三谷さんは謙虚に、この連載が人目に触れるレベルの文章の体裁を保てるのは、校閲のおかげだと語っている。細かい言葉遣いから内容の事実関係まで、「僕のミスを指摘してくれる」のだという。
校正者が「物知り」な例として、三谷さんは『ペーパー・ムーン』という映画について書いたときの経験を挙げている。「主人公の詐欺師親子」と書いたら、校正者から「映画の中では、親子とは言ってないのではないか」という指摘が入ったのだ。「往年の映画のディテールに、ここまで精通しているとは思わなかった」と三谷さんは感嘆するが、著者は同じ校正の仕事をする人として「それは誤解です」といいたくなった。
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