Kは、自分の自尊感情はあまりにも低い、と繰り返す。周りから愛されたくて、会う人や場所ごとに、違う行動をとってしまう。すると、すべてが偽りで、自分がバラバラになっていくように感じられる。
母子家庭で育ったKは、一人で家事をこなし、自分と弟の面倒を見ながら学校に通っていた。母親に褒められたことは一度もない。それでも、頑張ってそれなりにうまくやっていた。だが、必要以上に自分を偽ってきたため、苦しむKの心に気づく人は、誰もいなかった。毎日仮面をかぶってお芝居をしながら生きることに疲れ、いっそ世の中から消えてしまいたいと思ってしまう。
研究によると、自尊感情が低くなる理由はさまざまだが、とくによく挙げられるのは、主養育者の放任や無関心、虐待だ。個人としての達成度の低さや、攻撃をうけた経験なども、自尊感情を傷つける。すると、脳は十分に成長できず、場合によっては灰白質の体積が減ってしまうこともある。灰白質は情緒や意思決定など精神活動にかかわるため、被ったダメージが、再び多様な自尊感情の問題につながる可能性が高い。
アメリカ心理学の父と呼ばれるウィリアム・ジェームズ(William James)によって1890年代に初めて使われた「自尊感情」は、「成功の水準÷願望」と定義される。ウィリアム・ジェームズは成功の水準を低くする、自分への期待値を下げるのが賢いと説明していた。だが、時代とともに個人の自尊感情に過度の意味を与える風潮が広がり、現在では成功と失敗を個人の資質の問題として取り上げ、その人の自尊感情の問題と結びつけて考えるトレンドへと移り変わっていった。
ここではっきりさせておくべきことがある。絶対に高い、あるいは低い自尊感情など存在しない。自尊感情は日々上下に揺れ動くもので、「高い自尊感情」という枠組みは幻にすぎない。
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