平日の早朝、皇居周辺では多くのランナーがジョギングを楽しんでいた。ボク、リョウも例外ではない。お堀の周りを走り、ランステーションでシャワーを浴びて出勤する。ニューヨークのビジネスエリートになったようで、気分がいい。
ラストスパートをかけていると、スーツと革靴でドカドカ走っている男性を見かけた。小柄な背中は、まるであの猫型ロボットのようだ。
いったいどんな人なんだろう。追い抜きざまに振り向いてみると、ばっちり目が合ってしまった。40歳前後だろうか。小さな丸眼鏡をかけ、真ん中分けの髪はポマードで固められている。その男性は汗をダラダラかきながらも、目をクリクリさせて笑い、ボクに「ハーイ!」と挨拶した。「よろしく、ボクはドラ。キミは?」
ドラだって? もしかして、本当にあの猫型ロボットなのだろうか……と訝りつつ、着替え場所に困っているというドラさんをランステーションへと案内して別れた。
オフィスに到着すると、なんだかいつもと風景が違う気がする。課長席に見慣れない顔、いや、ドラさんが座っているのだ。驚いたことに、ボクの新しい上司になるらしい。
新任のドラさんは、朝の課会でスピーチをした。「ボクは上司ではなくキミたちの支援者だ。だから、命令はしたくない。その代わりにキミたちをできるだけ勇気づけたい」「キミたちはクライアントの力になり貢献することができるはずだ。キミたちは仲間や会社の役に立つことができる。ボクはそう信じている」
汗をかきながら真面目に話すドラさんに、ボクはますます興味を抱いた。営業事務のリカによると、ドラさんの名前の由来は猫型ロボットではなく、ドラさんがアメリカの大学院で学んできた「アドラー心理学」だそうだ。
「今日も寝坊してジョギングをサボってしまった。なんて意志が弱いんだ……」ボクはため息をつきながら、ランニング・キャップをぶら下げたドラさんのデスクを見やった。今朝も皇居ランをしたのだろう。週に2日しか走っていないボクとは大違いだ。
そんなボクを見たドラさんが、ニヤニヤしながら声をかけてきた。「どうしたのかね? 朝から大きなため息をついて。もしかしたら、キミは自分を責めているのではないかな? それで『このままじゃダメだ』と自分に喝を入れたんだね」
図星だ。「はい。今日もジョギングをサボってしまって、そんな自分が情けないんです。でも、自分を追い込んでどこが悪いのですか? 毎日のジョギングさえもできない自分を許していたら、ますます自分がダメになっていくじゃないですか!」。そう返すと、ドラさんは「本当にそうかな?」と、瞳をクリクリと動かした。
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