本書は「時間価値」に焦点を合わせて、企業行動や消費者行動の変化に対する理解を深め、人間の未来図を提示しようという試みである。小学校の算数、中学校の幾何の時間で解いてきた図形問題を思い出してほしい。ある1本の補助線により、複雑な図形問題の本質が見えた経験はないだろうか。本書では、「時間価値」という補助線を引くことで、現在の企業行動や消費者行動の変化の本質を提示していくものである。
「時間価値」という考え方により、行動パターンが変わっている理由は何だろうか。
第1のポイントは、スマートフォンなどの情報通信端末の急速な発達や、SNSを始めとするサービスの開発によって、時間のロングテールの価値が高まっていることだ。スマホ以前の頃は、通勤電車が来るまでの数分、トイレに行く数分などのこま切れの時間を生産的に使うことは難しかった。しかし、スマホを手にした今では「PC画面の前」という固定化された空間から解放され、こま切れの時間を有効に活用できるようになった。まるでまわりの空間の一部が、連続的に仮想空間へとグラデーションのように変容し続けるかのように。
第2のポイントは、高齢化と都市化の波が押し寄せていることだ。明治から戦後まで日本人の平均年齢は30歳以下であったが、現在は45歳、20年後には50歳近くになる。平均余命は減少し、国民全体で見ると時間の稀少性は否応なく高まった。さらに都市部への人口流入は進み、都市部でのサービスや売買の速度を上げ、付加価値型サービス業の生産性を上げている。
このように携帯情報端末の発達、高齢化、都市化によって、世はまさに「時間資本主義の時代」に突入したのだ。
人類はその歴史において、さまざまな制約条件を克服してきた。まず克服したのは自然状態である。狩猟という成否が運に左右される不安定な状態から、農耕によって安定的な食糧確保ができるようになった。他にも、衣服、武器、火を手に入れて、自然状態の制約から脱していく。
次には身分や職業選択などの社会的制約を克服する。自然権のジョン・ロック、社会契約説のルソーなどの啓蒙思想家が相次いで著作を発表し、市民革命が起こった結果、人類は社会的制約からも解き放たれる。
交通手段の発達等により空間移動も格段に自由となり、活版印刷技術の考案以降、知識・情報の格差もなくなっていく。
さまざまな制約条件から解放されたように見えるが、依然として横たわる条件が「時間」である。1日は24時間、平均寿命も長くなっているとはいえ、人類の身体を形作っている細胞の寿命の存在から、寿命の長期化にも限界がある。そのため、時間が限られているという客観的事実は、ますます存在感が大きくなり、我々は「時間価値」を意識せざるを得ない状況にある。
総務省の調査から、テレビ、ラジオ、新聞、雑誌、インターネットのうち、3年前より使うことが増えたという回答が減ったという回答を上回ったのは、インターネットだけだったという。
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