「経営者リーダー」の仕事とは何だろうか。著者が設立した大学院大学至善館の経営政策の講義では、経営者リーダーの役割と責任、使命を次のように定義する。
①環境と自社の戦略や組織の適合の実現
②正解が見えない中での意思決定
③「コンテクスト(文脈)のマネジメント」を通じた組織能力の構築
このうち著者が着目したのは、人の力を最大限に活かす第三の使命、組織能力である。その系統立った教科書もまだない。組織能力とは「人の活動の集合体がつくり出す時系列プロセス」が生み出すものであり、経営者リーダーにはそのプロセスをうまく機能させる役割がある。
組織は、1人ではできないことを可能にする協働体であると同時に、誤解やエゴイズム、政治など「1人でいるときには考えられないような困難に直面する」厄介なものでもある。この本質に、経営者リーダーが対峙すべき挑戦と苦悩が隠されている。
組織は「知恵の貯蔵庫」であり、それを使って「『組織ならでは』のイノベーション」を起こすことが経営だ。そして経営者リーダーの役割は、「経営の質」を向上させることである。経営の質とは、「人と組織の力をよりよく引き出すもの」を指す。社員が生き生きと働き、新しい商品やサービスが次から次へと開発される会社と、そうではない会社の間にあるのが経営の質の違いだ。その根底には「組織能力」の差がある。
経営者の挑戦としてまず話題にのぼりやすいのが、戦略分析論だ。ホンダの事例から考えてみよう。
ホンダによる1950年代末の北米オートバイ市場への進出と成功は、議論の的になってきた。当時オートバイは黒い革ジャケットを着たアウトローの男性の乗り物というイメージがあり、大型バイクが市場を占めていた。そこにホンダは50ccのスーパーカブで参入する。「日々の暮らしに密着した手軽な乗り物」という価値をアピールし、全米規模の大ヒットとなった。
BCGなどの戦略分析では、ホンダ飛躍の背景には創業時からの「戦略的意図」に基づく合理性があったと解説される。しかし、ホンダの経営幹部へのインタビューによると、本田宗一郎は気まぐれであり、北米進出も「計算違い、思わぬ偶然、組織的な学習」の連続だったという。たとえば、社用車の代わりに社員が使っていたスーパーカブが現地の人々の目に留まり、百貨店シアーズからの問い合わせがあった、といった具合だ。
伝統的な戦略分析の多くは「全知全能の戦略家」を想定したトップダウンの「計画的戦略」であり、「後づけの要素」も含まれる。そもそも、組織における実際の意思決定は、複数のレイヤーの多様な人たちが協働するなかで行われ、現場での試行錯誤やセレンディピティに彩られている。戦略分析は、あくまで仮説立案とその分析のプロセスが重要なのであり、成功を約束するものではないのだ。
ではホンダの競争優位はどこにあったのだろうか。ホンダのトップはアメリカという大市場に夢を賭け、現場はトップに忖度せず、若手の挑戦を下支えする組織だった。成功要因は、そうした「組織能力」を生み出す組織プロセスにあるのだ。
こうした、トップの明確な意図がつくり出す社内の環境や仕組みを著者は「企業コンテクスト」と呼ぶ。
著者の恩師であるジョー・バウワー氏は、組織における意思決定と行動のフレームワークとして「コンテクスト・マネジメント」を提唱している。現場、トップとそれらをつなぐミドルの3層構造を想定し、新規事業に参入するケースで考えてみよう。
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