『歴史』が描き出すのは、ペルシアがいかにして強大な大国となりギリシアの各都市国家と戦争を繰り広げるにいたったかである。その長大な記録の最初に置かれるのは、後にペルシアに屈することになる王国、リュディアに関する記述である。
現在のトルコがあるアナトリア半島に位置したリュディア王国は紀元前6世紀の中頃、クロイソス王の時代に最盛期を迎える。ヘロドトスは、このクロイソスを「ギリシア人をあるいは征服して朝貢を強い、あるいはこれと友好関係を結んだ、最初の異邦人であった」と述べている。クロイソスは周辺の都市を大小さまざまな理由をつけては攻撃し、エーゲ海周辺のギリシア都市は次々に征服されていった。そこから贈られる貢物もその量を増していき、その勢力は大きくなる一方であった。ギリシア人だけでなく周辺の民族も続々と支配下に入り、リュディア王国は栄華を極めていた。
まさに絶頂にあるクロイソス王をある人物が訪ねてきた。アテナイの民主政の礎を築いた賢人ソロンである。クロイソスはこの客人に、ありあまる財宝を見せ、こう尋ねた。広く世界を旅してきて世界で一番幸せな人物に会ったか、と。もちろんクロイソスは自分自身がそうだと思っているのである。しかし、ソロンは全く別の人物の名を数名挙げる。どの人物も全くの無名の人であった。
クロイソス王はいら立ち、「そなたが私をそのような庶民の者どもにも及ばぬとしたところを見ると、そなたは私のこの幸福は何の価値もないと、思われるのか」と聞いた。それに対してソロンは、その時々でどんなに幸運に恵まれていたとしても人の人生は結末を見ないと何とも言えないものであると答えた。クロイソスはソロンを愚かだと思い、立ち去らせた。
クロイソス王には、自分を世界一の幸せ者と考えたために恐ろしい神罰が下った。
王には二人の息子がおり、そのうちの一人をアテュスといった。何においても優秀な人物で、特別に王の恩寵を受けていた。クロイソスはソロンが去った直後、このアテュスに不幸が起こる夢を見た。鉄の槍が刺さって死ぬというのである。その日以降、クロイソスはアテュスを戦場からはもちろん、あらゆる危険から遠ざけるようにした。
そんなときに、領内には大きなイノシシが現れ、農作物を荒らしていた。アテュスはこれを退治に行くことを強く志願し、クロイソスは結局これを認めた。恐ろしい夢はイノシシの牙などではなく、鉄の槍にさされて死ぬことを予言したものであり、人間相手ではない狩りにそんな心配は無用であるというアテュスの言い分を聞き容れたのである。
しかし狩りの際、クロイソスが用心のためにと付き添わせた人物がイノシシに投げた槍が的をはずれ、アテュスに突き刺さった。
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