10歳のジンクレエルは、町のラテン語学校へ通っていた。物語はそのころジンクレエルが抱いていた、ある感覚を語るところからはじまる。
ジンクレエルには、この世は、ふたつの世界がいりまじっているように感じられていた。片方は「明るい世界」。父母の愛情と厳格さ、平和や暖かさがそこにあった。もうひとつは女中や丁稚、犯罪者や酔っ払いがいる、怪談や醜聞が渦巻く「暗い世界」だった。ジンクレエルは、明るい世界に属していることを快く思いながらも、悪党たちのストーリーに惹かれ、清らかなこと、正しいことを味気ないと感じることもあった。
ある日ジンクレエルは、少年たちと、彼らの恐れる乱暴者のフランツ・クロオマアと連れ立って遊んでいた。少年たちが武勇伝や、いたずらの自慢話をはじめると、のけ者にされたくなかったジンクレエルは、思わず作り話をしてしまう。仲間といっしょに、角の水車小屋から最上級のりんごを一袋ぶんもぬすんだ、という嘘をこしらえたのだ。そして、本当の話なのかというクロオマアの念押しに、どこからどこまでも本当だと断言してしまう。
帰り道、クロオマアがジンクレエルの後をついてきた。にたりと残忍な笑みを浮かべたクロオマアは、水車小屋のわきの果樹園の主人がりんご泥棒を探していて、見つけたやつには二マルクをくれることになっている、とジンクレエルを脅した。
ジンクレエルは、自分の貯金箱をこわし、女中がしまい忘れた買物かごの中から小銭をぬすみ、クロオマアへ金を渡すが、それでもまだ足りない。クロオマアは何度も金の催促をしてくる。ジンクレエルは苦悩のあまり、病気のようになってしまう。
この出来事の少し前、ラテン語学校に新入生がやってきた。彼は大人びていて、才気煥発できっぱりとした態度をしていた。特別の雰囲気を持ち、個性的なしるしがついていたが、しかし、「変装した王子のよう」に、目立たないように苦心している様子が見えた。彼の名はマックス・デミアンといった。
デミアンは、あるとき帰り道でジンクレエルに話しかけてきた。その会話の中で、デミアンは授業で習ったカイン(旧約聖書『創世記』に登場する人物。弟のアベルを嫉妬から殺す)の話をする。弟をなぐり殺したカインは追放されるが、神に刻印された額のしるしによって、誰にも殺されることはなくなった。デミアンは、はじめにカインが才知と勇気の「しるし」を持っていて、そのためにみんなは気味悪がり、後から伝説をくっつけたのではないかという。
ジンクレエルはその解釈に驚き、思案せずにはいられなかった。デミアン自身がカインなのではないのか。
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