中流危機

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中流危機
出版社
出版日
2023年08月20日
評点
総合
3.7
明瞭性
4.0
革新性
3.5
応用性
3.5
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おすすめポイント

日本の所得中間層について、内閣府のデータでは、1994年に505万円だった世帯所得が2019年には374万円に激減している。また、GDPではOECD加盟国38カ国中20位と急降下した。日本の世界での存在感が小さくなっていることは日本にいるとどこか実感しにくいが、このように数字で突きつけられるとまざまざと思い知らされる。

本書を記したNHKスペシャル取材班はさまざまな社会問題について深く取材し、NHKスペシャルやクローズアップ現代などの社会派ドキュメンタリーにまとめている。その取材陣が、日本の“中流危機”の深刻な問題とその解決策を示唆しているのがこの本だ。

“中流危機”というと難しそうなテーマだが、最初は“中流”(だと思われていた)層の人々のドキュメンタリーから入るため、ぐっと引き込まれて一気に読み進めることができる。さらに本書では、第二部の「中流再生のための処方箋」で解決策を提示しようとしていることが意義深い。日本の深刻な社会問題を浮き彫りにして終わりではなく、NHKスペシャル取材班がデータと取材に根ざした展望を描こうとしている。デジタルイノベーション、リスキリング、同一労働同一賃金と、現在のホットトピックばかりだ。

政治家・経営者・正社員・非正規労働者・学生といったどのような属性の人であっても、本書はすべての日本人が自分ごととして捉えるべき内容で満ちている。

ライター画像
鈴木えり

著者

NHKスペシャル取材班

浜田裕造(はまだ ゆうぞう)
NHKエデュケーショナル チーフ・プロデューサー
1967年埼玉県生まれ。1992年NHK入局。福祉や社会情報番組を担当し、福祉ネットワーク『緊急点検・日本のセーフティーネット』で、医療や介護の現場を取材。NHKスペシャル『セーフティーネット・クライシス〜日本の社会保障が危ない〜』、クローズアップ現代+『“コロナ失業”職業訓練は雇用を救えるか』など社会政策や雇用についても継続的に取材制作。共同執筆に「地域切り捨て 生きていけない現実」(岩波書店 金子勝・高端正幸編著)。

小笠原卓哉(おがさわら たくや)
NHK報道局 報道番組センター 社会番組部 チーフ・プロデューサー
1979年岩手県生まれ。2003年NHK入局。NHKスペシャル『阪神・淡路大震災10年 焼け跡のまちは、いま〜鷹取商店街 再生の記録〜』『スクープドキュメント “核”を求めた日本〜被爆国の知られざる真実〜』『巨大津波 知られざる脅威』『3・11 あの日から2年 わが子へ〜大川小学校 遺族たちの2年〜』『老衰死 穏やかな最期を迎えるには』『アインシュタイン 消えた“天才脳”を追え』『安倍元首相銃撃事件と旧統一教会〜深層と波紋を追う〜』などの番組を制作。

佐々木良介(ささき りょうすけ)
NHK報道局 社会部 記者
1981年鳥取県生まれ。2014年NHK入局。鳥取局と広島局を経て、現在の社会部で勤務。鳥取局では事件や北朝鮮による拉致問題を、広島局では事件や原爆取材などを担当。社会部では北朝鮮による拉致問題のほか労働問題などを担当している。

橫里征二郎(よこさと せいじろう)
NHK大阪放送局 コンテンツセンター第3部 チーフ・ディレクター
1981年東京都生まれ。2004年NHK入局。NHKスペシャル『“中流危機”を越えて』の企画を開発し、「第1回 企業依存を抜け出せるか」の取材・制作を担当。その他、NHKスペシャル『忘れられた戦後補償』『かくて“自由”は死せり〜ある新聞と戦争への道〜』『変貌するPKO 現場からの報告』などを制作。

柚木映絵(ゆのき てるえ)
NHKプロジェクトセンター ディレクター
1986年東京都生まれ。2010年NHK入局。広島局のあと制作局・福祉班に所属し、『ハートネットTV』、セルフドキュメンタリー番組『BS1スペシャル ラストトーキョー1“はぐれ者”たちの新宿・歌舞伎町』、エンターテインメント番組『阿佐ヶ谷アパートメント』などを制作。2021年から現職。本書の番組をきっかけにリスキリングを継続取材し、クローズアップ現代『収入アップ?いつ学ぶ? リスキリングは職場に浸透するか』を制作。

山浦彬仁(やまうら よしひと)
NHK第2制作センクー社会 ディレクター
1986年東京都生まれ。2011年NHK入局。ETV特集『すべての子どもに学ぶ場を〜ある中学校と外国人生徒の歳月〜』『さらば!ドロッブアウト 高校改革1年の記録』『暮らしと憲法 第2回 外国人の権利は』など教育・福祉の現場を継続的に取材。本書の取材でドイツ・オランダの労働環境の変化を目の当たりにし、帰国後、クローズアップ現代『収入アップ?いつ学ぶ? リスキリングは職場に浸透するか』『密着!賃上げ交渉 私たちの給料は上がるのか?』を制作。

宮崎良太(みやざき りょうた)
NHK報道局 社会部 記者
1987年東京都生まれ。2012年NHK入局。山形局で人口減少や地域振興、社会保障分野の取材に従事。社会部に異動後は検察・東京地検特捜部担当として日産事件や脱税、政治汚職の事件を取材。その後、厚生労働省を担当。主に労働や生活分野を担当し、コロナ禍での雇用不安や生活困窮、就活などの人材分野の取材を続ける。おはよう日本『沈む中流』特集シリーズやNHKスペシャル『“中流危機”を越えて』の取材後は、物価高や賃上げのテーマを継続的に取材。

村田裕史(むらた ひろふみ)
NHK大阪放送局 コンテンツセンター第3部 ディレクター
1989年東京都生まれ。2011年NHK入局。北九州局、報道局スボーツ情報番組部を経て現職。野球、ボクシング、競馬、パラ陸上など、アスリートや監督を追ったドキュメンタリーの制作にあたる。2020年から現職。スボーツ以外にも、阪神・淡路大震災、大阪教育大附属池田小事件、就職氷河期世代の雇用問題など幅広いテーマの番組制作を担当。

中村幸代(なかむら ゆきよ)
NHK報道局 報道番組センター 政経・国際番組部 ディレクター
1990年愛知県生まれ。2015年NHK入局。初任地の北九州局で子どもの貧困や単身高齢者の住まいの貧困を取材し、格差社会に問題意識を持つ。福岡局を経て、報道番組センター所属。コロナ禍で浮き彫りになった外国人労働者や女性の雇用環境について、目撃!にっぽん『泣き寝入りはしない〜密着“コロナ切り”との闘い〜』、NHKスペシャル『コロナ危機 女性にいま何が』を制作。おはよう日本『沈む中流』特集をシリーズで企画したことをきっかけに、本書の番組を制作。

馬宇翔(ま うしょう)
NHK大阪放送局 コンテンツセンター第3部 ディレクター
1994年神奈川県生まれ。2018年NHK入局。これまで生活保護などの社会保障制度や、就職氷河期世代の生活などを取材。コロナ禍の社会福祉協議会を追ったストーリーズ『だれも独りにさせへん〜コロナ禍の冬 苦闘の記録〜』や、大阪の少年野球チームに密着した『ドキュメンクリー 春 自分でせなあかん!〜“野球おばちゃん”と子どもたち〜』などを制作。

本書の要点

  • 要点
    1
    この25年で「一億総中流」と言われた日本社会の中間層の所得が落ち込み、正社員であっても貧しさの危機に直面している。
  • 要点
    2
    正社員の終身雇用、年功賃金、能力開発・育成、福利厚生を企業が約束し、入社から定年退職まで一定の生活を保障する「企業依存型」の雇用システムは、限界を迎えている。
  • 要点
    3
    日本が負のスパイラルから脱却し、中間層の所得を上げるためには、人材育成への投資が鍵である。①デジタルイノベーション、②リスキリング、③同一労働同一賃金という施策が考えられる。

要約

幻想だった中流の生活

想像と違った現実の“中流”

かつての日本は「一億総中流社会」と呼ばれていたが、全世帯の所得の中央値は1994年から2019年の25年間で130万円減少し、374万円となっている。NHKが2022年に「労働政策研究・研修機構」とともに行った調査では、56%にのぼる人がイメージする“中流の暮らし”より下の生活をしていると答えている。日本の中間層は貧しくなり、負のスパイラルに陥っているのが現状だ。

本書は、そうした「中流危機」の現実に迫るところから始まる。最初に登場するのは、夫が正社員として30年以上働き続け、3人の子どもに恵まれて都内郊外に購入したマンションに住む夫婦だ。まさに中間層の象徴たる「正社員」だが、給与は徐々に下がり、現在の年収は約500万円、貯蓄は100万円ほど。ローン返済のため成果給を得られる営業職に就いたが、胃がんを患って事務職への異動を余儀なくされ、成果給がない分、給与は激減した。教育ローンの一部は子どもにも負担してもらい、医療費まで切り詰める。定年後も働き続けるしかない。

残業代もなくなり給与の激減でマイホームを手放した人、正社員から業務委託契約への切り替えを迫られて安定収入がなくなる不安を抱える人、夫婦共働きでも借金をしないと子どもを進学させられない人。これまで“安泰”だったはずの「正社員」、思い描いていた“中流”の暮らしが脅かされている。

企業依存と負のスパイラル
gyro/gettyimages

高度経済成長期からバブル崩壊前までの日本は、正社員の終身雇用、年功賃金、能力開発・育成、福利厚生を企業が約束し、従業員の一生を保障する「企業依存型」の雇用システムが好循環を生んでいた。これが企業にさらなる成長をもたらし、会社と社員の相互依存関係が築かれた。

しかし、その後の景気低迷に、経済のグローバル化と中国などの新興国の台頭が相まって、負のスパイラルが回りだす。徹底した合理化と人件費削減に着手するも、産業の空洞化、生産性の劣後化、勝ち目のない価格競争という消耗戦に疲弊していく。デフレ不況下では給料のベースアップができなくなり、中間層の賃金減少から消費減を招いて、価格が引き下げられることで利益減・投資減が発生、その結果賃金がさらに減少していった。

ここから脱却できない大きな原因のひとつが高コスト体質の「企業依存型」雇用システムなのだ。このことは、日経連(日本経営者団体連盟)の報告書の中で1995年にすでに指摘されていた。その中で、解雇権の濫用が規制されている日本における雇用形態の「改革」として、「非正規社員」の活用も提言されていた。これが、「安価で代替可能な労働力という新たな歪み」を生むことになる。

劇的に拡大した非正規雇用
recep-bg/gettyimages

先述の報告書では派遣労働についても、可能な業務だけを指定してそれ以外は禁止とする「ポジティブリスト方式」から、原則自由で特定の業務だけを禁止する「ネガティブリスト方式」への転換と規制緩和を政府に要求している。ただしこれは、急激に進んだ苦しい円高の時代をやり過ごすための緊急避難策のはずだった。しかし、今や全労働者の約4割をパートタイマーや派遣労働者などの非正規雇用者が占めており、これもまた中間層の賃金が低いままである要因になっている。

1990年代以降、就職氷河期という厳しい雇用情勢と経済の停滞に対応するため、政府は規制緩和・市場主義路線に転換し、労働分野でも職業紹介や派遣労働の自由化を求める声があがるようになった。違法派遣の実態もあったため、労働者保護を重視する労働省(当時)は苦慮の末、労働政策の規制緩和に踏み切る。これが「硬直した企業依存」を変えるきっかけにもなると考え、職業安定法や労働者派遣法などの法律の見直しが進められた。

しかし、専門的な知識などを必要とする業務に限定し、賃金相場を高めることを目的としたポジティブリストから、ネガティブリストに転換することで、雇用の劣化と低賃金化を招いたとの指摘もある。実際、リーマンショックによる「派遣切り」が起き、派遣労働者は雇用の調整弁とされていた実態が明らかになった。

世界的な流れでもあった派遣労働の自由化には抗うことができなかった。多くの労組は正社員の雇用を守るためにベア要求を捨て、正社員の賃金が上がらなくなる。「非正規の雇用・育成」は労働運動から抜け落ち、非正規労働者の賃金も低いままとなった。

企業依存と雇用の流動化の末、かつてのように稼げなくなった中間層に、キャリアは誰のものなのか、という厳しい問いが突きつけられている。

デジタルイノベーションを生み出せ

再び稼ぐ力を

負のスパイラルから脱却し、国際的な競争力を得ながら、中間層の所得を上げていくためには、「失われた30年」のあいだになおざりとなってしまった国家レベルでの人材育成への投資が鍵となる。現在多くの企業でDX(デジタルトランスフォーメーション)が進んでいるが、これを担える人材が圧倒的に不足している。DXに強い即戦力を国、企業、労働界の総力を挙げて育成することは、「短期主義」「コスト主義」の落とし穴から抜け出すきっかけにできるかもしれない。

ここまでの議論から導き出された“中流復活”に関わるキーワードが、「デジタルイノベーション」「リスキリング」「同一労働同一賃金」の3つである。以下、順番に見ていこう。

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要約公開日 2024.06.26
Copyright © 2024 Flier Inc. All rights reserved.Copyright © 2024 NHKスペシャル取材班 All Rights Reserved. 本文およびデータ等の著作権を含む知的所有権はNHKスペシャル取材班、株式会社フライヤーに帰属し、事前にNHKスペシャル取材班、株式会社フライヤーへの書面による承諾を得ることなく本資料の活用、およびその複製物に修正・加工することは堅く禁じられています。また、本資料およびその複製物を送信、複製および配布・譲渡することは堅く禁じられています。
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