「アートは変革をもたらす力強い存在」である。音楽、絵画、映画、演劇――アートに夢中になり、「自分のなかで何かが変化した」経験は、誰もが持っているだろう。アートは感動や喜びだけでなく、インスピレーションや知識、幸福感をも与えてくれる。
神経美学という分野の発展により、「脳とアートの関係を示す重要なエビデンス」が発見されている。アートや美学は生存に不可欠であり、人生を変える力をもつことが、科学的にわかってきているのだ。アートは「体とメンタルヘルスに関わる健康上の深刻な問題」に作用する。また学び続け、持続的な幸福を得るための手助けもしてくれる。
特定の香りを用いてつわりを軽減させたり、光源の調整によって活動量を増減させたり、特殊な音で不安を軽減させたりできる。運動をすることで脳内のセロトニンを増やし、コレステロールを下げられるように、たった20分程度の落書きやハミングでさえも、心身の状態を改善してくれる。
本書の見せるアートの可能性は理想や知識を語るだけではない。「具体的で根拠があり、実用的なもの」を示しているのだ。
「人生に行き詰まりを感じ、不安や極度の疲労に襲われること」は誰にでもある。ストレスの緩和は、食事や水を飲むこと、睡眠と同じくらい大切なことだ。アートや美はそのために大きな効果を発揮してくれる。アートの使い方を心得てさえいれば、自分の身体や感情の状態を変化させ、幸福感を高めることができるのだ。
アートというと、なにか特別な技能を持っていなければならないと思うかもしれないが、実際には全くそんなことはない。ドレクセル大学の特別研究機構副学部長でクリエイティブ・アーツセラピー学部准教授のギリジャ・カイマルの研究では、「わずか45分間アートの創作に取り組むだけ」で、ストレスホルモンであるコルチゾールが低下した。しかも、ほとんどの人において、スキルや経験の有無は関係がなかった。
この創作では評価や期待が一切なく、「参加者には制作過程そのものに集中し、安心して取り組むよう奨励」したという。簡単な材料を使って、出来栄えを気にせず取り組むことは、誰でも自宅で行えるとギリジャは強調している。
また、ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンで精神生物学と疫学を専門とするデイジー・ファンコートの研究によれば、「週に1回以上アート活動を行なうか、少なくとも年に1、2回は文化的な催しに参加する人」は、社会的・経済的なレベルにかかわらず、「そうでない人よりも生活の満足度が有意に高い」という。アートに関わる人は、「精神的苦痛が少なく、精神機能が優れ、生活の質が高いこと」が判明しているのだ。
私たちの内部ではつねに、「内外の刺激に対する複雑な神経化学反応」としての実に多様な感情が渦巻いている。それは、心臓の鼓動や呼吸と同じくらい確かなものであり、押しとどめることは生理学的に難しい。アートは感覚的入力信号として神経回路に強く働きかけ、感情の処理を可能にする。「喜びや満足感と言ったポジティブな感情を増幅させ、全般的な幸福感を導く力になる」のだ。
美的経験の中でも、音は特にストレスに対して有効だ。
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