楠木建の頭の中 戦略と経営についての論考
楠木建の頭の中 戦略と経営についての論考
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楠木建の頭の中 戦略と経営についての論考
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出版社
日本経済新聞出版

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出版日
2024年11月13日
評点
総合
4.0
明瞭性
4.0
革新性
4.0
応用性
4.0
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おすすめポイント

はじめはどんなに斬新なサービス、商品、経営手法であったとしても、これだけ情報流通の速い現代では、あらゆることがそれほど時を置かずして陳腐化し、レッドオーシャンに変わり、コモディティ化してしまう。しかしそれでも、競合たちから一歩も二歩も抜き出て、長期利益を上げつづけている企業は存在する。その利益の源泉となっているものは、論理は何なのだろうか。

『ストーリーとしての競争戦略』の著者として知られる楠木建氏は、この問題について長年にわたり研究し、思考を重ねてきた競争戦略の第一人者だ。その数多の論考から厳選し、戦略論と経営論の本質的な論議をまとめたのが本書である。

「利益を出し納税する」ことは「企業の社会貢献の本筋」であると著者が書くように、何よりも利益を出しつづけることが大事であるし、それがそのまま社会貢献につながることを忘れてはならない。長期利益は従業員に適切に分配され、株主を満足させ、公共の福祉に向けた原資となる。

そしてこの長期利益は、経営者個人の「好き嫌い」という至極局所的な価値基準からはじまる。「好き」を尋常ならざる思いで突き詰めることにより、それによって儲けつづけるためのストーリーが練りあげられる。そこから生まれる個別の経営戦略には、他社から見ると非合理に見えるものも少なくない。だからこそ、よくできたストーリーはそれ自体が競争優位性をもつのである。

著者の論理は非常に明快だ。どの切り口にもブレがない。その「ストーリー」を、ぜひ味わっていただきたい。

著者

楠木建(くすのき けん)
経営学者 一橋ビジネススクールPDS寄付講座競争戦略特任教授
専攻は競争戦略。一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部専任講師、同助教授、ボッコーニ大学経営大学院客員教授、一橋ビジネススクール教授を経て2023年から現職。
著書に『経営読書記録(表)』『経営読書記録(裏)』(2023年、日本経済新聞出版)、『絶対悲観主義』(2022年、講談社+α新書)、『逆・タイムマシン経営論』(2020年、日経BP、共著)、『「仕事ができる」とはどういうことか?』(2019年、宝島社、共著)、『室内生活 スローで過剰な読書論』(2019年、晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる 仕事を自由にする思考法』(2019年、文藝春秋)、『経営センスの論理』(2013年、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略 優れた戦略の条件』(2010年、東洋経済新報社)ほか多数。

本書の要点

  • 要点
    1
    「目先の小さな損得に流れず、将来に向けた戦略ストーリーを構想し、攻めの投資に踏み切れるか」。これをドライブできる経営者にいま、注目が集まっている。
  • 要点
    2
    著者の研究において「痺れるほど面白い」と感じた戦略を示す企業のひとつとして挙げられているのが、アイリスオーヤマである。
  • 要点
    3
    「概念と対概念をセットで考える」ことが大切だ。
  • 要点
    4
    長期利益を真剣に突き詰めることで、ESGやSDGsを結果的に満足させられるのが最善の道であろう。

要約

長期利益の戦略

長期利益の源泉
mouu007/gettyimages

長期利益を追求する企業経営においては、同じ土俵でたたかう完全競争の前提を壊し、競合との違いを生むことが戦略の基盤となる。しかし、インターネットの登場でますます情報流通コストが下がっているいま、競合の情報はすぐにシェアされ、優れた経営システムも企業を超えて移転できる。すぐに完全競争に近い状態となってしまうこの環境において、それでも持続的な利益を生み出せる強い企業には、どのような論理があるのだろうか。

「利益を出し納税する」ことは「企業の社会貢献の本筋」であり、稼ぐ力によって労働分配が可能になる。この利益の源泉には、その持続性によっていくつかの段階がある。

レベル1は、景気や「巣ごもり需要」などの外部環境を追い風とするもので、この風が止まれば利益も消える。レベル2は事業立地だ。もとから収益性の高い業界もあれば、その逆もある。かと言って儲からない事業を切り離すだけでは、レッドオーシャン化した事業ばかりでポートフォリオを組むことになってしまう。

そこで大事なのが、レベル3のポジショニングだ。差別化された独自性を確立し、磨いていく。2024年時点は半導体企業が好調だが、そのなかでも東京エレクトロンなどは独自の戦略で長期利益を形成してきた。東京エレクトロンに代表される首尾一貫した戦略ストーリーは、レベル4である。

「目先の小さな損得に流れず、将来に向けた戦略ストーリーを構想し、攻めの投資に踏み切れるか」。これをドライブできる経営者にいま、注目が集まっている。

イノベーションの本質

「イノベーションが重要だ」とはよく言われるが、イノベーションとはけっして「新しいことをやる」という意味ではない。シュンペーターは名著『経済発展の理論』において、イノベーションとは「非連続的な変化」のことであり、それが経済発展の原動力になると書く。スマートフォンの機能や電子機器の消費電力が改善されることは連続的な「進歩」であり、「『何がいいか』という価値次元そのものが変わる」イノベーションとは異なる。

ただ、イノベーションも世の中の人びとの需要と無関係ではない。社会に受け入れられるという、ある種の連続性も満たす必要がある。

そこで重要なのが保守思想だ。ここでは保守を「歴史や伝統、過去の蓄積を重んじる考え方」と広く捉える。「人間の本性は不変」という見方だ。技術は非連続的に発展することもあるが、「顧客の需要は本質的に連続している」という点で、イノベーションと保守思想は併存する。

たとえばソニーの「ウォークマン」は、それまで開発されていた小型軽量の再生メディアより音質が劣り、録音もできない点で、技術的には「退歩」している。それでも、「音楽をいつでも、どこでも自由に楽しみたい」という人間本来の欲求に応え、音楽の新しい楽しみ方を社会に定着させた。

人間の不変の需要を深くつかむからこそ、イノベーションは生まれるのだ。

事業になるかどうかがカギ

フィナンシャルタイムズのコラムニスト、ジェマイマ・ケリーはメタバースについて、「最大の問題は、メタバースを求めている人がいないことにある」と書いている。メタバースは技術の体系であり、「事業や商売そのものではない」。この技術をどう利用すれば儲けられるかに焦点がある。

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要約公開日 2025.01.18
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