日本経済がデフレを続けていたのにもかかわらず、教育に必要なお金はどんどんと増えている。「時間貧困」という言葉も生まれ、子育て世代は育児、家事、余暇の時間を十分とれないということが問題になっているのが現状だ。
子どもの教育にここまでのお金と時間を費やして、それに見合った効果があるのかと疑問を持った経験のある人は少なくないはずだ。この問いの答えを、子育てに成功したという親や、優秀な生徒を輩出したという指導者のエピソードに求めるのは危険だ。そうした情報には「生存者バイアス」がかかっている可能性があるからだ。
事故の生存者の話を聞くと、自分は事故に遭っても死なないと都合の良い解釈をしやすくなる。同じ事故で死者がたくさんいても、死者の話を聞くことはできないため、生存者の話だけを聞いて事故のリスクを過小評価してしまう。これが、生存者バイアスだ。教育で考えるなら、お金と時間をかけて成功した人の体験談の裏には、同じようにやって失敗した人が多数いるかもしれないということだ。
教育に効果があるかどうかを知るには、ある教育を受けた人、受けなかった人、その両方の話をある程度たくさん集めて比較しなければならない。しかも、その教育から何十年も経ったあとで、大人になったその人たちが成功しているかどうかを確認する必要もある。それを可能とするのが「データ」だ。
教育経済学は教育にかかるお金や時間、意思決定、成果を経済学の観点で分析する学問分野だ。経済学者は教育や子育てについて分析するとき、「データ」を使う。最近は何百万という単位の子どもにまつわるデータの蓄積も進み、教育が長期に渡ってどのような影響を及ぼしているかも分かるようになってきた。データを駆使して得られた科学的根拠(エビデンス)に基づいて教育や子育てに有益な提案をする。それが本書の役割だ。
経済学は「将来の収入」が、教育の成果の1つと考える。より高い収入を得られることを成果とすることに抵抗を覚える人もいるかもしれない。しかし、子どもが将来、稼ぐ力を身に付けて経済的に独立することは大切なことだ。「金銭は独立の基本なり、これを卑しむべからず」とは福沢諭吉の金言である。
「将来しっかり稼ぐ大人に育てる」1つの方法は、子どもたちがスポーツをするよう仕向けることだ。子どものころのスポーツ経験と将来の収入の因果関係を明らかにしたエビデンスは多くある。パデュー大学、ジョン・バロン教授らの研究では、アメリカの高校で課外活動としてスポーツをしていた男子生徒は、していなかった同級生に比べて11~13年後の収入が、4.2~14.8%も高いということが明らかにされた。
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