おすすめポイント
読書感想文という課題形式がある。日本の学校ではほとんどの場合避けて通れないため、苦労した記憶がある人も多いだろう。しかしこうした「感想文」は、社会に出てから必要とされる「論理的思考」とはズレがあるように見える。論理的思考の鍛え方を説くビジネス書がこれだけたくさんあることはその証左といえるだろう。「感想文」こそが諸悪の根源であり、日本人を論理的思考から遠ざけている――と言われることさえある。
しかし本書は「論理的思考」には種類があると述べる。ある文章が論理的であると判断されるとき、それはあくまで一定の価値観から見た評価にすぎない。現在「論理的思考」と同一知されがちな様式は実はアメリカ式であり、だからといって他の文化圏の異なる形式が「非論理的」ということにはならないのである。フランスやイランでの「論理的」な形式はそれぞれ異なっているし、日本の「感想文」にもまた別の論理がある。
こうした文章の形式の差異は、それぞれの社会が重要とする価値観から生まれている。論理的思考は唯一不変の正解ではなく文化的なものである。本書を通じてそのことが理解できれば、場面や状況に合わせて異なる論理を使いこなすことができるだろう。真に論理的な思考を身につけるとは、論理的であるということそのものを相対化し、多元的な思考を身につけることなのだ。
著者 渡邉雅子(わたなべ まさこ) コロンビア大学大学院博士課程修了.Ph.D.(博士・社会学). 現在─名古屋大学大学院教育発達科学研究科教授. 専攻─知識社会学,比較教育,比較文化. 著書─『「論理的思考」の文化的基盤──4つの思考表現スタイル』(岩波書店,2023年),『「論理的思考」の社会的構築──フランスの思考表現スタイルと言葉の教育』(岩波書店,2021年),『納得の構造──日米初等教育に見る思考表現のスタイル』(東洋館出版社,2004年) 編著―『叙述のスタイルと歴史教育──教授法と教科書の国際比較』(三元社,2003年) 論文―“Typology of Abilities Tested in University Entrance Examinations: Comparisons of the United States, Japan, Iran and France,” Comparative Sociology, 14(1), 2015, pp. 79-101 など.
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本書の要点 要点1
論理的思考は文化や社会の背景に影響を受け、領域(経済・政治・法技術・社会)ごとに異なる型を持つ。 要点2
各国の作文形式(アメリカのエッセイ、フランスのディセルタシオン、イランのエンシャー、日本の感想文)は、それぞれの領域と文化的価値観を反映し、異なる論理を持っている。 要点3
それぞれの社会や文化で求められる論理的思考の型が異なるため、重要なのはこれを理解し、多元的な思考法を身につけることだ。 要約 論理的思考はひとつなのか 論理の文化的側面とは Mikhail Seleznev/gettyimages
論理的に考えることの重要性と必要性は広く共有されている。学術やビジネスから日常の判断に至るまで、論理的思考は世界共通で不変のもののように語られがちだ。しかし、そもそも論理的であるとはどのようなことなのだろうか。論理的に思考する方法は本当にひとつなのだろうか。
著者がこのような疑問を持ったのは、アメリカの大学に留学して、エッセイと呼ばれる小論文を提出した時だ。著者のエッセイは「評点不能」と突き返された。何度丁寧に書き直しても評価は変わらない。ところが、アメリカ式エッセイの構造を知って書き直すと、評価が三段跳びに良くなった。
論理的思考とは、実はグローバルに共通なものではなく、文化によって異なっている。同じ型を身に着けている人同士では円滑にコミュニケーションができる一方で、異なる型の文化圏の人を相手に自国の型で押し通そうとすれば、「論理的でない」と評価を下されることもある。先のエッセイの例は、論文の構造とそれに導かれた論理と思考法の日米の違いが衝突した結果である。
これは日本人が非論理的で、西洋的な書き方が論理的であるという意味ではない。「西洋」と一括りにされがちだが、アメリカとフランスの小論文の構造はまったく異なる。アメリカ式のエッセイは、自己の主張をわかりやすく効率的に論証して相手を説得するのが目的である。一方、フランス式の小論文の場合は、時間をかけてあらゆる可能性を吟味し矛盾を解決すること、さらにそれを公共の福祉という政治的判断に活かすことに重きが置かれる。論理的思考の型は、それぞれの社会がなにを重視し文化の中心に据えるのかと深くかかわり、目的によってエッセイの構造も変わってくるのだ。
文化の型と思考の型
こうした論理的思考の方法は無限にあるわけではなく、いくつかのタイプを「型」として提示することが可能だ。本書では「経済」「政治」「法技術」「社会」の4つの領域に分けて、それぞれに固有の論理と思考法を、「型(構造)」に注目して提示する。
経済のグローバル化と英語の覇権的地位の獲得に伴って、アメリカ式エッセイは世界標準の書き方と見なされている。これを学ぶことは、効率的なコミュニケーションを実現するうえでは有効であるが、それのみで押し通そうとすると、思わぬ落とし穴にはまることもある。
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要約公開日 2025.02.14 Copyright © 2025 Flier Inc. All rights reserved.