本書では、パワーハラスメント(以下、パワハラ)を、「業務遂行のために許容される限度を超えて相手を苦しめる行為」の総称と定義する。
上司の指導が「合法的な業務命令」なのか、「許されない違法なパワハラ」なのかは、「業務遂行のために許容される限度」に留まるかどうかという観点で区別される。
パワハラと指導を見分けるポイントは、次の3つだ。
(1)業務との関連性:行為が業務と関連しているかどうか
(2)業務上の必要性:行為が業務遂行のために必要であるかどうか
(3)態様の相当性:行為が常識的に許容されるものであるかどうか
上司から部下への叱責は、どの程度許容されるのだろうか。
そもそも企業は社員に対して注意指導をしたり教育訓練を行ったりする権利を有している。そのため、社員は注意指導や教育訓練に不服や不満があっても、「契約上の義務」として原則的に従わなければならない。たとえ上司の注意や叱責に恐怖を覚えたとしても、それだけでただちに上司の行為が違法なハラスメント行為となるわけではないのだ。
具体的な事例を見てみよう。
広告営業をしている新入社員の20代女性。毎月の目標を達成しているものの、自分の業務が終わると他の社員よりも早く帰宅するので、それが男性上司の気に障ったようであった。ある日、上司に提出物を渡そうとしたときに、「どうしていつも早く帰宅するのか?」「みんなと一緒にがんばろうという気はないのか?」「土日は何をしているのか?」などとフロア内に響き渡るような声で、30分以上どなられた――。
「土日は何をしているのか?」といった私生活上の問題はそもそも「業務との関連性」がないため、上司が大声をあげたり長時間叱責したりする行為は、特別な理由がないかぎり、業務の適正な範囲を超えたパワハラであると評価されやすい。
これに対し、部下が仕事でミスをしたり、危険な行為を行なったりした場合に上司が叱責するのは「業務との関連性」があるとジャッジされるケースが多い。相手の人格や人間性を否定するような叱責でないかぎり、パワハラと判断される可能性は低い。
企業は社員に対して「業務の内容や品質を指定する雇用契約上の権利」を有している。その権利行使の一環として、社員に対して一定の業務目標を課すことに加え、業務目標の達成を強く求めることや、業務目標が達成されない場合に改善を求めることも原則として許容される。要するに「会社から一方的にノルマを設定された」「ノルマを達成しなかったことについて叱責された」というだけでは、ただちにパワハラと判断されるわけではない。
ところが、明らかに達成できないノルマを設定したり、ノルマを達成できないことを理由に理不尽な要求をしたりする行為は、業務上適正な範囲を超えたパワハラであるとされる可能性がある。事例を見ていこう。
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