「認知症」は、じつは病名ではない。これは、後天的な脳の障害によって、脳の機能が持続的に低下し、日常生活や社会生活に支障をきたすようになった「状態」を指す言葉だ。認知症の原因となる脳の障害を引き起こす病気は、70以上あることがわかっている。認知症の症状はひとつではない。認知症にはグラデーションがあり、多様で多彩な状態を指す言葉なのだ。
しかし、多くの人の中には「ザ・認知症」という固定のイメージがある。その一因は、日本の報道でアルツハイマー型認知症の重症例ばかりが取り上げられることにある。そのため、アルツハイマー型認知症の代表的な症状である「もの忘れ」が、認知症の症状だと誤解されることも多い。
アルツハイマー型認知症は、全認知症のうち6〜7割と、たしかに多い。しかし、70以上ある認知症の原因となる病気のひとつでしかない。「もの忘れ」だけが認知症の症状だと思っていると、他のタイプの認知症を見逃すリスクがある。また、もの忘れがあったら、必ず認知症だというわけでもない。
加齢によるもの忘れと、認知症のもの忘れには違いがある。加齢に伴って増えるもの忘れは、脳の記憶の棚にしまったエピソードをさっと取り出せなくなる、「うまく思い出せない」というタイプのものだ。一方、認知症のもの忘れでは、そもそもエピソードを覚えることができなくなる。つまり、忘れているのではなく、そもそも覚えていないのだ。
もし、自分でもの忘れがたび重なっていると感じたら、専門外来を受診してみてもいいだろう。早期診断は、認知症治療にとても重要なことだ。
認知症の最大のリスク因子は「年をとること」だとされているが、問題なのは「年齢」ではなく「老化が進むこと」だ。訪問診療をしている著者は、年齢と老化はイコールではないことを実感している。年齢は若くても認知症が進行している人がいる一方で、100歳を超えても老化を感じさせない人もいるのだ。
先述のように、認知症とは状態であり、「暮らしの障害」だ。こうした状態を評価する国際的な尺度にIADL(手段的日常生活動作)というものがある。これらをチェックして合計点数が高いほど、暮らしの障害はないと考える。この数値が低下したら、認知症の状態になったことを疑ったほうがいい。
認知症の状態になる人が多い80代には、自分でできないことが増える人が多く、本人も周囲も「年だから仕方ない」と考えがちだ。しかし、そう考えてあきらめることで、結果として認知症の進行を速めてしまう危険性がある。
著者の訪問診療では、「愛情」ゆえに家族が身の回りの世話を代わりに行うことで、本人のIADLや認知機能が急激に失われているかもしれないと感じられることがある。老化や認知症の進行スピードには環境も影響する。これからの課題として意識しなければならないのは、助けない(支えない)でもなく、助けすぎ(支えすぎ)でもない、「ほどよい」サポートだ。
認知症に対して偏見や誤解があるために、過大な心配をしている人がいる。本書はそれを「早合点認知症」と呼んでいる。
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