人間が仕事に幸福を感じるためには、自らの仕事が社会に幸福をもたらしていると実感できることが大切である。そのために経営ができることは、人間に雇用の場を提供するということだ。組織がイノベーションを起こすことによって、雇用が創出されるのだ。
では、イノベーションとは何か。経営学的視点から述べると、技術論に限らずビジネスモデルも含め「新しいものを取り込む力」ということである。イノベーションの様々な定義の中でも特に有名なのは、内部から経済構造を革命化していく「創造的破壊」という捉え方だ。
仕事には、①どのような問題を、②どれほど上手に解決できるか、という二つの視点があり、それらが仕事の価値を決める。「価値の高い仕事」を行うには、取り組むべき問題が社会的にどれほどの重要度を持つかを判断することが大切だ。その判断の参考軸として元東大総長の小宮山宏による「小宮山モデル」を一例に挙げたい。当該モデルによると、現在、人類が抱える本質的問題は、①有限の地球(=資源の枯渇)、②社会の高齢化(=生産及び消費の循環がない社会)、③爆発する知識(=情報の整理と活用の必要性)、の3つに集約できるとされる。これらの課題と照らし合わせながら、本当の意味での価値ある仕事を見出す必要がある。
いかなるビジネスでも日々の改善は重要だが、持続的な改善活動だけではいずれイノベーションに駆逐されてしまう。アメリカの経営学者クレイトン・クリステンセンが提唱する「イノベーションのジレンマ」はこの関係性を明白にした理論だ。
デジタルカメラの登場とフィルムカメラの終焉を例に考えてみよう。高品質を求める市場のニーズを満たすべくフィルムカメラ会社は技術向上を進めるが、いずれ過剰品質を提供することになり、イノベーション(ここではデジタルカメラ)によって既存市場が奪われ、独占されてしまうことになる。この循環は繰り返され、今やデジタルカメラ市場もカメラ付き携帯電話の台頭により脅威にさらされている。
企業にとっては、革新的な商品を開発するよりも顧客の声をもとに既存商品に対し改善を繰り返す方が合理的であるため、なかなかイノベーションに着手できないというジレンマが生じやすい。こうしたことは、様々な製品やサービスで起こっている現象だ。
イノベーションの浸透を成立させるために、マーケティングは、本来イノベーションと一体となってお互いを支え合うものである。マーケティングとは、究極的には、理念が投影された商品を通して、人々にその理念に共感してもらい、社会のありかたを変えるためにこそ存在している。
マーケティングという言葉の定義について、経営学で頻出される3つの代表的な考え方を挙げておこう。一つ目は、経営の神様と称されたピーター・ドラッカーによる「セールス活動を不必要にすること」という定義だ。十分な顧客理解からつくられた製品やサービスは、自然と売れるという考え方である。
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