旭山動物園の再生を語る上で、欠かせないのが、「14枚のスケッチ」である。このスケッチは旭山動物園の飼育係員たちが理想の動物園について自分の思いやアイデアを出し合い、イラストにまとめたものだ。本書によると、このイラストを描き上げる飼育係員たちは、昼夜を忘れて議論に熱中し、自発的にスケッチを完成させたのだという。
著者が特に注目しているのは、このスケッチが作成された1989年は、旭山動物園は冬の時代だったという点だ。旭山動物園の来場者数は83年に60万人を記録して以来、減少傾向が続き、自治体からは「もう動物園はいらないのでは」という厳しい声にもさらされた。予算もつかないため投資もできず、集客力が落ちていくという悪循環に陥ってしまったのだ。
この状況で生まれたのが「14枚のスケッチ」である。苦しいときに夢を語るというのは、簡単なようでなかなかできることではない。しかし、厳しい環境を乗り越えるときこそ、目線を上げ、未来を志向するための「旗」が必要なのだ。この「14枚のスケッチ」が卓越しているのは、目に見える絵に落とし込んで具現化したことにある。全員でイメージを共有することができれば、描いたスケッチは必ず実現できるのだ。
旭山動物園に転機が訪れたのは96年、新しい市長が就任した時である。新市長にプレゼンをする機会を獲得した前園長の小菅さんは、「14枚のスケッチ」を握りしめて臨んだという。動物の魅力をありのままに伝えるという動物園関係者全員の信念が貫かれた「14枚のスケッチ」は新市長の心を動かし、1億円の予算を獲得したのだ。
チャンスはいつ訪れるかわからない。ここから学べるのは、「いつ好機が訪れても対応できるように、事前の準備を欠かしてはならない」、ということだろう。
旭山動物園は廃園の危機を経て、「動物のすごさ、美しさ、尊さを伝える」という信念をより強固なものにした。旭山動物園の競争力は、この信念を実現するのは自分たちであるという意識が、強く現場に根差していることにある。
ではなぜ、旭山動物園の現場にその信念が根差しているのだろうか。本書では、大きく二つのポイントが語られている。一つ目は、「ワンポイントガイド」という取り組みだ。これは、飼育係員が担当する動物の魅力を来場者の前で語る取り組みである。ワンポイントガイドは飼育係員ひとりひとりが動物をより深く理解するきっかけとなり、信念が定着化していったという。二つ目は、役職名称の変更である。これまで飼育係員と呼んでいたのを飼育展示係員という名称に変更した。これによって、自分たちの仕事が単純に飼育だけをしていればいいのではない、という意識を喚起し、結果的に現場に信念が浸透していったのだ。
以上のように、信念を個々の意識にまで浸透化させるには、個々人が小さな行動を積み重ねることによるものと、担当業務を明確に示す名称を付与することによるものの2点が効果的である。
コアラやパンダのような「スター」動物がいない北国の小さな動物園に、どうして年間300万人もの人が訪れるようになったのか。その秘密は、「行動展示」という展示手法にある。
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