梁(りょう)という国の恵王(けいおう)が孟子に聞いた。「自分は、国をよく治めるために、飢える人が出ないように食糧を調整して配分するなど、大変な努力をしている。そんなことをしている国は近くに見当たらない。それにも関わらず、他国から我が国へ人が移ってこないのはなぜなのだろう。」
孟子はこんなたとえ話をした。「戦争の大事な局面で、装備をはずして逃げ出したものがいました。ある者は百歩逃げ、別の者は五十歩だけ逃げたのです。この時、五十歩の者が百歩の者を臆病者と言って笑ったら王様はどう感じるでしょうか。」それに対し王は、「どちらも逃げたのだから違いはない。」と答えた。
これを受けて孟子は言った。「それと全く同じことです。王様の政治も、他国と同じように人民のための天下の王者となる政治ではないのです。他を悪く言うのではなく、自分の政治が悪いということを認めることができたとしたら、その時こそ王様の徳を慕った人びとが国に押し寄せてくるでしょう。」
孟子は斉(せい)の宣王(せんのう)に王者の道を説いた。「天下の王者となるには特別の徳がいるわけではありません。ただ『仁』に基づいた政治を行って人びとの暮らしを安定させることができれば王者となることができるのです。そして王様はその素質をお持ちです。」宣王がその理由を聞くと、孟子はあるエピソードを話した。
「ある日、儀式の供物として使われる牛が引かれて行くのを見た王様が、それをかわいそうに思い助けてあげたことがあったそうですね。この情けの心があれば王者となるに十分なのです。しかし、王様は牛に対しては情けをかけたのに、人びとには情けをかけていません。したがって、王様が王者でないのは、なろうとしないのであって、なることができないのではありません。」
「『しない』と『できない』はどう違うのか。」と、宣王が聞くと、孟子はこう答えた。「大きな山を抱えて海を飛び越えるようなことができないという時、これは本当に『できない』ということです。一方、目上の人にお辞儀をすることができないという時、これは『できない』のではなく『しない』のです。」
そして、孟子は続けた。
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