音の訴求力をうまく利用している一例として、世界に1500店舗を展開するレストランチェーン、チリーズを紹介したい。チリーズは、「ファヒータ」という料理で有名である。日本人にはあまり馴染みがないかもしれないが、豪快に焼かれた牛のハラミ肉がアツアツの鉄板の上に載ったまま提供されるこの料理は、誕生以来、アメリカでは絶大な人気を誇っている。看板料理ファヒータの秘密に迫っていく。
ファヒータが生まれたのは1969年。肉屋のファン・アントニオ・サニー・ファルコンという人物が考案した。彼は調味料と焼き方を工夫することで、固い牛のハラミを柔らかく美味しく焼き上げることに成功した。そして、これを小麦粉のトルティーヤに乗せ、メキシコの独立記念日を祝う週末行事にて初めて販売した。
このファヒータと名付けられたシンプルな料理はどこへ行っても大人気で、地元紙は彼をファヒータ・キングと呼ぶほどだった。しかし、しばらくすると、サニーのレシピを真似てファヒータを出すレストランが現れ始めた。
数あるレストランの中でも、ファヒータのパイオニアとして名高いのが、テキサス州オースティンにあるハイアット・リージェンシーにあるレストランだ。1982年、このホテルの総料理長だったワイドマンがレストラン「ラ・ビスタ」で初めてファヒータを高級料理として提供し、大好評を得た。ところが、ファヒータは他のハイアットのレストランにはなかなか広がらなかった。というのもワイドマンは、ファヒータの人気の秘密は彼の特製スパイスにこそあると信じており、このスパイスを大量につくることができなかったからだ。
一方、同時期にチリーズの23店舗でオリジナルのファヒータが販売され、たちまち大人気となっていた。チリーズのファヒータと聞いて思い浮かぶのは独自のスパイスでもなければ、高級な柔らかい牛肉でもない。チリーズがファヒータを一番人気のメニューに育てることができたのは、とにかく効果音の使い方がうまかったからである。最初のテレビCMには、ジュージューという音が使われた。美味しそうな音で客の関心を引き、料理を五感で楽しませる作戦で客の心をつかんだ。このように、適切な効果音を使用することで、チリーズの客はファヒータという料理だけでなく、チリーズというブランドが提供する顧客体験そのものを味わえているのである。
チリーズの例のように、その場にふさわしい音がちょうどいいタイミングで聞こえると、ストーリーのすべてが聴き手に伝わる。この瞬間を、著者は「ブームモーメント」と呼ぶ。ブームモーメントは、計り知れないほど大きな成果を企業にもたらす。
その理由は、人が本来、音と深くつながっているからである。もともと、人は音に驚くという性質を持つ。人間の脳は常に聞き耳を立てており、危険を回避するために、普段と違う音に一早く反応するようになっている。何か異常な音を検知したときには、まばたきの30倍の速さでシナプスから細胞間に情報が伝達される。その結果、脈拍や血圧が急上昇し、場合によっては認知や自意識に関する脳の部位への血流が活発になるという。
また、五感の中でもっとも素早いのは実は聴覚である。視覚の情報処理能力が1秒間に25コマ程度であるのに対し、聴覚は1秒間に200コマの情報を処理できると言われている。ファヒータのジュージューという音にまず私たちの聴覚が反応するのはこのためだ。その後、作りたてのファヒータから立ち上る湯気と炒めた玉ねぎの香ばしい匂いが私たちの食欲をかきたてる。これこそがブームモーメントである。同時に、店の雰囲気やチリーズへの期待感といった情報が客の記憶に深く刻み込まれるのだ。
チリーズ以外にも、音を効果的に使うことで消費者の行動を変えることに成功した例はいくつもある。その1つがアイスクリーム移動販売車だ。
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