自己肯定感は、試験勉強においてきわめて重要な要素である。自己肯定感が高ければ、「普段の勉強」および「試験本番」の両方の場面で有利になるからだ。
じつは、試験勉強をしている人のなかには、「受かればいいな」程度の動機の人も少なくない。だが、そういった志の低い人と、「絶対に受かるぞ」という志の高い人とでは、成長速度に大きな違いが出てくる。
自己肯定感の乏しい人は、常にブレーキを踏もうとしてしまうため、実力の向上ペースが鈍い。もちろん、志を高くかかげれば必ず受かるわけではないが、志を高くかかげなければ、そもそもスタートラインに立つことすらかなわないのである。
また、自己肯定感があれば、試験本番でも本領を発揮できるようになる。試験に受かるかどうかは、本番で自分の実力を最大限引き出せるかどうかで決まるといっても過言ではない。試験本番で緊張しすぎたあまり、実力の半分も出せずに落ちる人は本当に多い。試験勉強を突破したいなら、多少は自信過剰なぐらいがベストである。
自己肯定感を持てるかどうかは、これまでどれだけ承認欲求が満たされてきたかによっても変わってくる。30代になっても自分に自信が持てない人は、外からの刺激を探すか、自分のなかで大きな変化が起きないかぎり、性格を変えるのは難しいだろう。
外からの刺激を得るためには、自分を激励してくれるメンターを探すことが必要不可欠である。塾やスクールの本質は、週にせいぜい数時間しかない講義にあるのではない。たとえば、東進ハイスクールの価値は、カリスマ講師の授業にあると思われがちだが、実際は各生徒に担任助手としてつくアルバイトの現役大学生たちにある。彼らが日常生活のフォローをしつつ、ときに叱ってくれるからこそ、生徒たちは迷いなく勉強をすることができるわけだ。
もちろん、メンターのアドバイスを無批判に受け入れればいいというわけではない。先生や合格経験者は、教祖でも神でもなんでもないし、彼らの助言が必ずしも自分にとってジャストフィットするとも限らない。勉強法をまるまる他人に預けないようにしよう。自分なりに考えたほうが成長につながるし、その経験は他のことにも必ず役に立つ。
メンターが用意できないなら、自分の視点を変えるしかない。自分に自信がない人は総じて、自己評価の基準を他人に委ねている。他人と自分を比較して、他人とのギャップをバネに努力できる人もいるが、それが自信喪失の原因になっているのであれば、さっさと他人のことは忘れたほうがいい。そして、他人と自分が違うのは当たり前だと割り切るべきだ。
比較すべきは過去の自分である。他人と比較ばかりしていると、「出世レースで負けたのはあいつがゴマスリ上手だから」などと、原因を外部に見出しがちだ。しかし、過去の自分と比較していけば、素直に自分の弱さや課題に気づけるようになる。課題がわかれば、それをどう改善していいか考えるきっかけになるし、それをくり返していけば確実に人は成長する。
この時注意しなければならないのは、心持ちを変えるのではなく、行動を変えるよう努力すべきということだ。自分の心持ちを直接変えるのは基本的に難しい。しかし、行動が変われば習慣が変わるし、習慣が変われば人格が変わるものである。よって、心を変えたければ、まず行動を変えるべきだ。
試験の難易度が上がれば上がるほど、必然的に必要な勉強量は増える。だからこそ、しっかりと計画を立てることが肝要だ。
最悪なのが、まったく計画を立てずに、積み上げ式で勉強を進めようとすることである。そのやり方ではどれだけ時間があっても間に合わない。計画を立てるとは、
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