人工知能の手法自体の飛躍的進歩により、金融界が大きく変貌を遂げつつある。とりわけヘッジファンド業界は、最高の人工知能技術者をIBMなどの企業から引き抜き、人工知能の研究開発を秘密裏に進めている。ヘッジファンドとは、少数の金持ちの個人や機関投資家から大口の投資資金を私的に集めて自由に運用するファンドを指す。実際のところ、最近の株式市場や為替市場、そして原油などの先物市場では、すでにロボットが闊歩している。
では日本の金融市場ではどうなのか。東京証券取引所でも、2010年にアローヘッドという超高速ロボ・トレーダーが導入されたのを皮切りに、ロボットが相次いで金融市場に進出している。ただし、そのほとんどはアメリカから上陸したもので、日本は金融のロボット化に大きな後れをとっているのが現状だ。
とはいえ、金融業務はお金、財務諸表、市場価格といった数字ばかりで成り立つビジネスであるため、ロボットやビッグデータ分析との親和性が高い。より高性能なロボ・トレーダーが金融市場を席巻していくという未来に疑問の余地はない。結果として、必然的に人間トレーダーの全体的なパフォーマンスは悪化していく。そんな時代の到来が間近に迫っているのだ。
ここからはロボ・トレーダーの具体的な動きについて説明していく。アルゴリズム取引とは、コンピュータのアルゴリズムを利用して株や為替などの取引を行うことである。コンピュータは、人間が執行するより迅速かつ有利に取引を完了させられる。近年では、執行だけでなく取引の意思決定も同時にロボットが行うというアルゴリズム取引が登場している。このように、人間の関与なしにコンピュータが自動的に判断と実行を行うマシーンを、ロボ・トレーダーと呼ぶ。
その中でも、特別なスピードで取引を行う超高速ロボ・トレーダーは、数百ナノ秒(100万分の1秒)単位の争いを繰り広げている。2010年時点ですでに、アメリカの株式市場の6~7割の取引は、超高速ロボ・トレーダーが担っていたという。
超高速ロボ・トレーダーの主な戦略の一部を紹介する。一つは市場に一時的にゆがみが発生したチャンスを利用して、ほぼ無リスクで安く買い、高く売るという裁定取引である。その中には、顧客が注文を送信してから各取引所に注文が届くまでのわずかな時間差を利用して、先回りすることで、一般の投資家が気づかぬうちに上前をはねるという方法もある。
もう一つの戦略は、市場の動きに連動して継続的に売りと買いの価格提示をし、売りと買いの売買幅や、マーケットメーカーに支払う手数料をねらうという「マーケットメイク」である。いずれも、瞬間的な状況判断と、圧倒的な執行スピードが物をいう。
金融市場におけるマーケットメイクは、これまでウォール街の金融機関や日本のメガバンク、大手証券会社などの独壇場であり、彼らの大きな収入源であった。しかし、伝統的な金融機関の役割は低下の一途をたどっている。
その理由の一つは、株や為替が人間のブローカーを通じてではなく、21世紀に入り、全面的に電子取引で行われるようになったためである。また、リーマン・ショック後、国際的に厳しい規制がなされ、金融機関の店頭デリバティブ取引に対する優位性がなくなったことも大いに影響している。活発な取引の主役は、大手の資産運用会社やヘッジファンドへと移行しているのだ。
これまでヘッジファンドの成功事例において、カリスマ投資家の経験と勘を頼りに、収益を上げるというケースが目立っていた。しかし、この伝統的なスタイルは21世紀になって衰退傾向にある。
90年代からヘッジファンドの拡大を牽引したのは、数理・統計的な理論やモデルによる価格分析を重視して取引を行うヘッジファンドであった。これを「クオンツ・ファンド」と呼ぶ。クオンツ・ファンドの多くでは、投資判断から取引の執行までをロボットが自動的に行うと同時に、その手の内を公にはしないために、人知れずヘッジファンド業界の覇者になりつつあるのだ。
クオンツ・ファンドの先駆的な事例が、ルネッサンス・テクノロジーズ(以下、ルネッサンス)である。
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