本書はグルメ本としての構成ではない。銀座の名店の歴史を紐解く教養書としての位置づけと言えるだろう。
本書は著者、山田五郎氏が2年の月日をかけて、取材として訪問した際の内容をまとめた大作とも言える。銀座のすしの名店23店が紹介されており、味の優劣ではなく、その店がどのような背景で形作られ、なぜ今の味付けとしているのか等を中心にまとめられているものである。
どれも歴史や趣がある名店揃いであり、省略して良い店などあるはずもない。誌面の都合上、私個人として印象に残った6店舗のエピソードに関して、その紹介を中心にハイライトを作成した。
江戸前の握りずしは不思議である。すしは今も昔も客前で鮮魚の切り身を酢飯に載せてふるまうものである。庶民のファーストフードであったはずの食べ物が、フレンチより高かったり、ミシュランガイドで三つ星を獲得したりするのだ。
なぜすしだけが、ファーストフードで特別な扱いを受けるのだろうか。その謎は銀座という街が解き明かしてくれる。「銀座の○○」と聞くと、多くの人は身構えるだろう。中でも「銀座のクラブ」と「銀座のすし」には、「一流」や「高級」というだけでなく、「いくらかかるかわからない」という凄みすら伴う。これはクラブ同様、すしにおいて銀座が世界の「本場」であることの証左である。
すし自体、元々は江戸時代に本所・両国あたりで生まれたものである。しかし冷蔵技術の発達やすし自体の進化を経て、今なお隆盛を極めているのである。
「銀座のすし」の歴史において、その源流として名高い店が「二葉鮨」だ。創業は、銀座煉瓦街が完成した明治十年。江戸前「三大始祖」と言われる、両国與兵衛、千住・みやこと並ぶ中、銀座で創業した唯一の老舗である。つまり、銀座のすしは、二葉鮨ではじまったと言ってもよいだろう。
木造二階屋は、創業時のままかと見まごう貫禄だが、実は戦災後の昭和二十六年築。内装には、風の強い崖で曲り育った大木を利用した曲線のカウンター、柱の丸時計が印象的で、客が終電に乗り遅れないように10分進めたままであることも粋である。
建物だけでなく、元祖「銀座のすし」の技法と味も、本来の江戸前の握りを保ち続けている。酢飯の味は、戦後一般的となった砂糖は使わない。赤酢と塩だけで味付けし、初めはしょっぱく感じる向きもあるかもしれないが、二貫、三貫と食べ進むうちにネタとの相性が良く、いい塩梅に思えるだろう。
二葉鮨のネタで特筆すべきは小鰭(こはだ)であろう。冷蔵技術が発達した現代では、煮たり酢で締めたりする「江戸前の仕事」は減っているが、「二葉鮨」は小鰭を酢と塩で締めた後に、冷蔵庫で一週間寝かしているという。噛めば熟した旨味がしみ出し、そこには生臭さは微塵もない。
3,400冊以上の要約が楽しめる