偽の手術を受けたにもかかわらず、実際に回復してしまった――そうした現象には、プラセボ(偽薬)のもたらす効果が大きく関わっている。
プラセボは医学分野ではよく知られているものの、科学者や医師たちは、プラセボをたんなる錯覚や幻想だと見なし、あまり重要視しないことが多い。しかし、プラセボは実際に治療に役立っている。そしてそれは、心自体に治癒力があることのなによりの証左ではないだろうか。
プラセボ研究のパイオニアのひとりである神経科学者のファブリッツィオ・ベネデッティは、1970年代、心理的な要素が体に及ぼす影響について興味を持ちはじめた。そして臨床試験をおこなった結果、プラセボ群の患者の反応は、実薬を与えられた患者と同等かそれ以上だったことを確認した。その後、科学者たちはその正体を突きとめた。脳内で産生されるエンドルフィンという物質がその役割を担っていたことがわかったのだ。
エンドルフィンはモルヒネなどと同じく、科学物質群に属している強力な薬で、天然の鎮痛剤として作用する。そのような物質を自力で産生できるということは、当時思いもよらないことだった。
プラセボ効果の解明にキャリアを捧げたベネデッティは、その後も次々と新しい発見を重ねていった。信じる心により、痛みの反応を増減できることや、呼吸数や心拍数が左右されることもそこには含まれている。さらに、強力な鎮痛剤だと言われていた薬のなかには、プラセボ効果が出ているだけで、痛みに対する直接的な効果がまったくないものがあることも突きとめた。
他方、プラセボ効果の限界として、ベネデッティが明らかにしたのは以下のふたつだ。
1つ目は、治療を信じる心が起こす効果は、体が持っている天然ツールができる範囲に限られることである。偽の酸素を吸うことによって、脳が空気中の酸素濃度が高いかのような反応を示したとしても、実際の血中酸素を上げることはできない。
2つ目は、期待がもたらす効果は、特定の症状に限られることだ。プラセボ効果は、うつ病や不安、依存症など精神障害に対し、とくに強く働く。また、痛みや痒み、発疹や下痢、認知機能、睡眠や、カフェインやアルコールなど中毒性のあるものからの影響などに対しても効果が認められている。だが、コレステロール値や血糖値など、自分ではわからない値に影響をおよぼすことは考えにくく、病気の根源的なプロセスや原因に関わることについてもしかりである。
人の脳には、多くの他の動物と異なり、失敗から学んで未来を考える能力がある。しかし、その能力があるせいで、逆に未来について悩むことになり、それがストレスという問題につながっている。
絶えまないストレスは人の体を破壊してしまう。とくに、心臓血管系はその影響を受けやすいことで知られている。また、慢性的なストレスは、ワクチンに対する反応を弱めてしまうため、ストレスをためていると感染症に罹りやすくなりがちだ。さらに、たとえ喫煙や飲酒などを制限していたとしても、日々ストレスを抱えていると、特定のがんのリスクが高まってしまうという。
ジョージア大学の心理学者ジーン・ブロディは、ブラックベルトと呼ばれる貧困層の多い地域の家族の健康について研究をおこなった。それによると、この地域では心疾患や糖尿病など、慢性疾患の患者が家族にいる割合が大きい。つまり、
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