本書の要点

  • 国際労働移動の障壁を撤廃することで、グローバルな富は世界全体のGDPの50~150%も増加するといわれている。

  • アメリカ人労働者の雇用水準や賃金に対し、移民の影響はほとんどないことが判明している。

  • 移民の自由化政策は、送出国に残った住民の厚生をも向上させる。

  • 今後は、メキシコ国内の就労機会が増えると見込まれるため、メキシコからアメリカへの急激な流入もおさまると予測されている。

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【必読ポイント!】 国際労働移動の経済効果

イントロダクション

移民が職業、賃金、予算や文化的同化に及ぼす影響について、巷に流布している考えは誤っており、多くの学術的研究結果とも一致していない。本書の前半部分では、移民が受入国の経済や財政、同化政策にどのような影響を及ぼすか、出身国の厚生を高める効果があるのかといった点を、各テーマの主要な学問的成果の賛否両論を比較しながら考察していく。後半部分では、各移民政策の学者の提言を紹介した後、著者が公共政策の向かうべき方向について述べていく。要約ではその一部を取り上げる。

比較優位の原則は労働移動にも適用できるのか?

Maudib/iStock/Thinkstock

「富を増やすには、最も生産的な分野で生産活動を行うべきである」。この比較優位の原理が富の増加にとって重要であることは、今日、経済学者の合意のもとといってよい。ただし、財やサービスの国際移動が自由化する一方で、労働移動だけはこれまで例外とされてきた。世界の先進国はどこも、国外で生まれた人の移住希望を厳しく制限している。現在、世界人口の約3%にあたる2億人が、生まれた国以外で生活をしているが、他国への移住希望者は、その数をはるかに上回る。現に、アメリカの毎年5万の永久許可ビザ発給に応募したのは、2013年会計年度で1460万人にのぼったという。また、多くの労働者は強制送還といったリスクを冒してでも違法入国を果たそうとし、中には、プロの密航業者に多額の手数料を支払ってでも移住の道を選ぶ者もいる。アメリカ、イギリス、カナダ、フランス、ドイツ、オーストラリア。こうした人気の高い移住先を移住者がめざすのは、経済的な理由による。平均的な途上国と比べて、一人当たりの所得がおよそ2倍になることが見込めるからだ。研究結果によると、国際労働移動の障壁を撤廃することで、グローバルな富は世界全体のGDPの50~150%も増加し、効率性は大いに向上するという。

移民受入国の労働者の賃金に与える影響

移民は、受入国生まれの労働者の賃金にどんな影響を与えるのだろうか。本章の寄稿者であるピーター・T・リーソンとザッカリ・ゴチェノアーは、過去50年間に移民がアメリカ人労働者の賃金に与えた効果について、10件の代表的研究結果を比較した。ここから浮き彫りになったのは、移民はアメリカ人労働者の賃金を引き下げる方向に働くが、その影響は小さいという事実である。研究の一部は、賃金引き下げの幅が大きいと考察しているが、それは主に、移民とアメリカ人労働者が完全に代替されると仮定していたためだ。実際には、移民の英語力はアメリカ人よりも大きく劣っていることが多く、両者は不完全代替と考えられる。また、移民がアメリカ人労働者の雇用水準にもたらす効果についても、賃金同様、ほとんど影響がないという結果が導かれている。労働経済学者ボージャスの論文によると、移民の流入で特定の熟練レベルの労働供給が10%増加したとしても、アメリカ人労働者の就労週数はわずか2~3%の減少にとどまっているという。これはヨーロッパの調査でも同じ傾向が見られた。寄稿者たちは、アメリカ人が移民から受ける正味の経済便益はプラスの値になるという点については、研究者間でほぼ一致することを強調している。

移民は、流出した国にどんな効果を及ぼすのか?

shironosov/iStock/Thinkstock

では移民が流出した国に残っている国民に及ぼす経済効果はどうか。人的資本・送金・貿易という3つの観点から実証分析の結果を見ていこう。まず、人的資本の収益に着目すると、高度人材の国外移住は、母国での人的資本への投資を減少させるどころか、むしろ増大させていることが判明した。例えば、ニューギニアとトンガについての研究で明らかになったのは、優秀な高校生の大多数が国外移住を検討しており、それが学校教育への投資を増加させたという事実である。つまり、頭脳流出が本国での人的資本形成に大きく寄与しているのである。また、流出した移民からの送金は、本国に残された住民が生活を維持するうえで重要な役割を担っている。移民の熟練の水準に関わりなく、移住者の人数と送金の総額は正の相関関係を示しているのは特筆すべき点だ。また、低熟練労働者であっても、移民先の国と本国との貿易の活性化に一役買っていることも明らかとなっている。

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要約公開日 2017.02.02
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