欧州の危機
欧州の危機
Brexitショック
欧州の危機
出版社
東洋経済新報社
出版日
2016年10月13日
評点
総合
4.0
明瞭性
4.0
革新性
4.0
応用性
4.0
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おすすめポイント

2016年6月23日、イギリスは国民投票によりEUから離脱することを決めた。これを契機に、ポーランドをはじめとする国々で、EUの主導権を各国政府に取り戻そうとする動きが勢いを増している。EUの混沌とした状況は深刻化するばかりである。

第2次世界大戦後に始まった欧州統合は、超国家的な関係を築き、国境横断的に人・物・サービスを自由に行き来させることで、欧州全体での経済的な発展を遂げることに大きく寄与した。しかし今、欧州は過去最大レベルの危機に瀕している。

本書ではギリシャの危機やイギリスのEU離脱といった問題から、EUの抱える問題点の本質をあぶり出し、未来を展望していく。ギリシャ問題はなぜ起きたのか。イギリスはなぜEUを離脱したのか。EUを離脱したあとのイギリスとEUはどのように変化するのか。著者によると、今後の欧州統合のカギを握るのは、「アラカルト欧州」と「2速度式欧州」という2つの方式だという。

日ごろニュースでなんとなく耳にするだけだった問題が、政治や経済両面から丁寧に解説されており、専門的な知見も「なるほど」と納得できる内容となっている。経済についてさほど詳しくない方でも読みやすい。欧州統合の歴史や経済問題の行方に興味があり、これから勉強したい人にとって、EUの問題点を包括的に学ぶ入門書としてうってつけの一冊である。これまで国際経済の本に尻込みしていた方にこそ、ぜひ読んでいただきたい。

ライター画像
池田明季哉

著者

庄司 克宏(しょうじ かつひろ)
慶応義塾大学大学院法務研究科教授。ジャン・モネEU研究センター所長。
1990年慶応義塾大学法学研究科博士課程単位取得退学。横浜国立大学大学院国際社会科学研究科教授等を経て現職。日本EU学会元理事長。2002年欧州委員会よりジャン・モネ・チェア授与。2009-10年外務省日EU関係有識者委員会委員。専門分野は、EUの法と政策。現在の研究テーマは、EUガバナンスの法制度的研究など。
近著:『欧州連合 統治の論理とゆくえ』(岩波新書、2007年、2016年7月第10刷)、『新EU法 基礎篇』(岩波新書、2013年)、『新EU法 政策篇』(岩波新書、2014年)、『はじめてのEU法』(有斐閣、2015年)ほか。

本書の要点

  • 要点
    1
    政策を実行する能力が足りない国家がユーロ圏に参加していると、ギリシャ問題のように危機的状況が起こる可能性がある。
  • 要点
    2
    イギリスがEUから離脱しなければ、イギリスにとって有利な合意をEUから得られるはずだった。しかし、規制や移民に関する争点が、確かな根拠もなくEU離脱キャンペーンに悪用されたことで、EU離脱が多数派となった。
  • 要点
    3
    今後、欧州は「アラカルト欧州」と、「ユーロ圏内2速度式欧州」の2つの方式によって、政治的安定と経済的利益を追求するだろう。

要約

欧州の危機の諸相

EUがめざしていたもの

第2次世界大戦後に始まった欧州統合は、西欧の政治家が主導し、それを民衆が許容する形で行われた。スプラナショナル(超国家的)に経済統合を進めることで、欧州に平和と経済的繁栄をもたらそうというのが狙いである。これは欧州統合の父の1人であるフランス人ジャン・モネにちなんで、「モネ方式」と呼ばれている。

EUでは複数の主権国家が主権を制限しながら存続し、主権を共同行使する仕組みになっている。これによって、EUはトランスナショナル(国境横断的)な関係を構築することに成功した。EU内では、物、人、サービスおよび資本の自由な移動が確保され、それによって生まれる財やサービスも国境を越えて自由に取引される。EUはこうした仕組みによって、経済的繁栄をめざしているのである。

EUが直面している問題
Rawpixel/iStock/Thinkstock

EUは現在、3つの大きな危機に直面している。ギリシャ債務問題、難民問題、そしてイギリスのEU離脱問題だ。これらは共通して、EUの制度に起因し、その制度自体を揺るがす内部的な問題である。

2009年にギリシャで過大な財政赤字が露見したのをきっかけに、これが欧州債務危機へと発展した。この問題はEUの懸命な対応により、2013年にはなんとか収束した。しかし、発端となったギリシャでは国民の不満が蓄積するなど、未解決の問題が横たわったままである。

また、難民問題も深刻である。EUの外ではシリアの内戦を逃れてトルコなどに避難していた人々が、難民申請をしてドイツやスウェーデンなどに向かうようになり、その数が急増している。現在では、どの加盟国がどれだけ難民の受け入れを負担するかをめぐって、EU内で亀裂が生じ、共通の政策が破綻しかけている。

さらには、イギリスのEU離脱によって、ウクライナ問題をはじめとする対ロシア関係の弱体化や、世界経済における影響力の低下など、大打撃を被る可能性がある。イギリスに追随する加盟国が現れるリスクが高いことも、懸念の一つといえよう。

ギリシャ問題と単一通貨ユーロ

2002年から流通が始まった単一通貨のユーロは、参加各国の健全な財政を前提としている。そのため、ユーロに参加するには、財政赤字の対GDP比3%以内、政府債務の対GDP比60%以内といった、厳しい条件をクリアする必要がある。

ギリシャがユーロに参加したのは2001年だが、ギリシャ政府は審査の前提となる財政統計を粉飾しており、実際には参加条件を満たしていなかったのだ。しかし、EUの憲法に当たる基本条約でユーロの不可逆性が定められていたために、ギリシャをユーロから離脱させる法的根拠がないと判断された。

EUの基本条約は、救済禁止と健全財政を建前としている。そのため、危機管理のための金融支援枠組みが用意されておらず、ギリシャ問題に対するEUの対応は後手に回った。このように、ギリシャの能力不足に起因したギリシャ問題は、EU基本条約の根本を揺るがした。

イギリスとEU

イギリスと欧州諸国との関係
altamira83/iStock/Thinkstock

イギリスと大陸欧州諸国との関係は、イギリスが加盟する前から良好とは言えなかった。加盟後も、加盟条件の再交渉、予算問題、ユーロや司法・内務協力への不参加などの不和が生じていた。

欧州統合の大原則は、すべての加盟国が足並みを揃えて前進することである。加盟国はEUで決まったすべての政策に参加するよう義務付けられている。しかし、イギリスは基本条約の改正のたびに、同意する見返りとして、自国が望まない政策への不参加を認められている。

例えば、イギリスは本来加盟国の義務である単一通貨ユーロに参加していない。また、国境管理、難民庇護政策や警察・刑事司法協力などの「自由・安全・司法領域」の政策分野にも不参加である。

一方、イギリスはEUの単一市場には加入しており、他の加盟国との密接な経済的関係を築いている。このように、イギリスはEU加盟から多大な経済的利益を得る一方、様々なオプトアウト(政策への不参加)といった特別扱いを受けている。そんなイギリスがなぜEUから離脱することになったのだろうか。

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要約公開日 2017.02.21
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