国をつくるという仕事

未読
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国をつくるという仕事
出版社
英治出版
出版日
2009年04月20日
評点
総合
4.0
明瞭性
4.0
革新性
4.0
応用性
4.0
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おすすめポイント

カイロ郊外にある「死人の町」にて、著者が偶然出会ったのは、今まさに消えようとする、ナディアという少女の命だった。救えたはずの少女が、著者の腕の中で息絶えようとする。底知れぬ怒りを感じた著者は、学者としての道に背を向け、世界銀行に残ると決めた。貧困のない世界をつくるために――。それから23年間、著者は世界銀行副総裁という立場で、あらゆる立場のリーダーたちとともに、貧困や悪政と闘い続けてきた。農民や村長、売春婦、社会起業家、銀行家、政治家、中央銀行総裁、国王たち。

本書は、彼らとともに著者が歩んだ軌跡が、溢れんばかりの使命感とともに刻まれた回想録である。インド・パキスタン関係正常化に奔走した将軍。エイズの予防法を説き続ける売春婦たち。民の幸福を何よりも大事にし、改革を続けてきたブータンの国王。現場をかけ巡る著者の記録からは、出会った人々の肉声や表情、そこで織りなす空気までもがありありと伝わってくる。

著者は、時に憎まれ役を買って出ながらも、草の根を自分の足で歩き、社会の片隅に生きる人たちの心を開いては、彼らの希望や苦しみに深い共感を寄せてきた。だからこそ、読者の奥底に眠るリーダーシップに火を灯すのだろう。

「国づくりは人づくり」。そして、人づくりの要は誰もが持つリーダーシップを開花させることだという。世界銀行の国づくりにまい進する人たちはなぜ、かくも強く、全力で困難に立ち向かえるのだろうか。リーダーシップの要諦とは何なのか。その答えが本書にある。

ライター画像
松尾美里

著者

西水 美恵子(にしみず みえこ)
大阪府豊中市に生まれ、北海道美唄市で育つ。中学校3年から上京。東京都立西高校在学中、姉妹都市高校生親善大使としてニューヨーク訪問。その後間もなくロータリークラブ交換留学生として最渡米。(後年、西高は中退。)そのまま帰国せず、ガルチャー大学へ入学。経済学を学ぶ。
1970年卒業後、トーマス・J・ワトソン財団フェローとして帰国。千代田化工建設の特許課に借席し、環境汚染問題の研究。1971年、再度渡米する。
1975年、ジョンズ・ホプキンス大学大学院、博士課程(経済学)を卒業。同年、プリンストン大学経済学部、兼ウッドロー・ウイルソン・スクールの助教授に就任。
1980年 世界銀行入行、開発政策局・経済開発研究所
1983年 同、産業・エネルギー局 産業戦略・政策課(エジプト・タイ・ハンガリー・中国などを担当)
1987年 同、欧州・中東・北アフリカ地域 アフガニスタン・パキスタン・トルコ局
リード・エコノミスト
1988年 同、欧州・中東・北アフリカ地域 アフガニスタン・パキスタン・トルコ局
通商・産業・金融課 課長
1992年 同、国際復興開発銀行 リスク管理・金融政策局 局長
1995年 同、南アジア地域 アフガニスタン・バングラデシュ・パキスタン・スリランカ局 局長
1997年 同、南アジア地域 副総裁
2003年 世界銀行退職
現在、米国首都ワシントンと英国領バージン諸島に在留。世界を舞台に、就筆や、講演、様々なアドバイザー活動を続ける。
2007年より、シンクタンク・ソフィアバンクのパートナー。

本書の要点

  • 要点
    1
    著者は貧困のない世界をつくるため、世界銀行副総裁という立場で、あらゆる立場のリーダーたちを支え、貧困や権力者の腐敗、悪統治と闘い続けてきた。同志たちのリーダーシップから著者が学んだことが本書に記されている。
  • 要点
    2
    著者は現地の学校へ飛び入り訪問することで、現場の声を拾ってきた。また、コーランをひも解くことで、女子教育に否定的だったイマーム(指導者)の考え方を変えることに成功した。
  • 要点
    3
    ブータンの雷龍王四世は、民の声を聴くべく、あらゆる村を訪れ、「国民総幸福量」という世界に誇るべき概念を打ち立てた。

要約

はじめに

貧困や権力者の腐敗と闘い続けた23年間
borgogniels/iStock/Thinkstock

エジプトのカイロ郊外にある貧民街「死人の町」にて、著者は一人の幼い少女を抱きかかえていた。その少女の名はナディア。少女は下痢からくる脱水症状により、著者の腕の中で静かに息をひきとった。簡単につくれる飲料水さえあれば救えた命。「誰の神様でもいいから、ぶん殴りたかった」。著者は研究生活にピリオドを打ち、貧困のない世界をつくるべく世界銀行に残ると決めた。

そこから23年間、著者は世界銀行副総裁という立場で、あらゆる立場のリーダーたちとともに、貧困や権力者の腐敗、悪統治と闘い続けてきた。世界銀行(以下、世銀)の使命は、貧困のない世界をつくることである。そのためには正義を貫き、勇気あるリーダーたちを支えることが不可欠だ。これがあってはじめて世銀の融資が活かされる。世銀は国連の諸機関やNGOのような、寄付に依存する援助機関とは違って、国民のお金を預かり、業務成果をあげながら運営経費を捻出し、約束どおりに返済を行う。同時に、債券などを通じて市場から安く借り、途上国の良い国づくりのために、できるだけ安く貸す。まさに加盟国の国民を株主とする金融業なのだ。

著者は現場の視察にとどまらず、家族の一員としてホームステイを好んで行い、現場の声をすくいとり、改革への説得力を高めていった。著者の思考、行動の物差しは、あのナディアだった。「(彼女が)生きていたら喜んでくれるかしら」。著者は、一国の宰相から貧困にあえぐ村の農民まで、ともに闘う同志たちのリーダーシップを間近で見てきた。どのような立場にあっても、夢と情熱と信念を持ち、頭とハートがつながっているからこそ、人々の心を動かす。ひいては、それが途上国の発展に大きな影響を及ぼすのだ。

要約では、同志たちがそれぞれの形で発揮したリーダーシップから得た学びの一部を紹介していく。

まるで一卵性双生児(インド、パキスタン)

「声なき民」の話に耳を傾けた首相と将軍

「我が国が抱えるリスク、それは貧困に尽きる」。経済改革の父として知られ、2004年春にインド首相となったマンモハン・シン氏の言葉だ。これと全く同じ言葉を発したのは、核実験に対する経済制裁により外貨危機寸前にまで追いやられたパキスタンのムシャラフ将軍である。著者はインド、パキスタンが信頼を築いていき、両国の平和のために、ムシャラフ将軍に「シン氏と会うべきだ」と訴えていた。

インドもパキスタンも、政治家と官僚の汚職腐敗により貧困から抜け出せずにいた。「せめて我が子には教育を」と望む人々を裏切り、公共教育をも蝕んでいく。こうした現状への鬱憤(うっぷん)が暴動やテロの引き金を引くのだ。

こうした実態を、シン氏もムシャラフ将軍も経験から熟知していた。常に草の根の国民の視点から国家の未来を考え、とりわけ貧困や差別にあえぐ「声なき民」の話に耳を傾け、彼らの夢と苦しみを学ぼうとしていたからだ。そのため、彼らの言葉は魂が宿るような情熱があり、人々の心を動かした。

著者はシン氏に「良い民主主義に移行するための戦略のキーは何か」と尋ねたことがある。シン氏は「女性だよ」と断言した。政治家すなわち男は利害関係に縛られる傾向にある。一方、女性は親や子のため、国のために捨て身になる勇気を持っている。だからこそ女性議員を育成することが、良い政治の足がかりになるとシン氏は考えていた。またムシャラフ将軍は、汚職追放に向けた改革を進める中で、経済学者さえ間違いがちな経済学の知識を徹夜してでも専門家から学ぼうとしていた。

こうして2004年秋、ついに初の印パ首脳会談が実現した。国民のために奔走する、まるで一卵性双生児のような二人が固い握手を交わしたとき、著者は思わず涙した。この会談でカシミール問題解決に向けての大きな一歩を踏み出すことになったと著者は見る。世界平和のための着実な一歩だ。

偶然(トルコ、バングラデシュ、スリランカ)

コーランの教えの真髄
kapyos/iStock/Thinkstock

春夏秋冬、各国の新学年の始まる時期をねらって出張し、登校中の子どもたちに著者は話しかけた。彼らの先生の悪口からは、貴重な知識が得られる。年金目当てに教職を賄賂で買う「幽霊教師」の存在や、教科書配布で必須となっている賄賂、そして給食は外部の人が訪れた日にしか出ないという、役人ぐるみの給食詐欺。こうした実態が浮かび上がってくる。

飛び入り訪問を始めたきっかけはトルコでの偶然だった。ある母親が、首都アンカラの貧民街で地図を片手に歩く著者に声をかけてくれた。

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要約公開日 2017.02.25
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