赤ちゃんだった頃や子宮にいた頃の記憶があると主張する人がいる。しかし、実はそのようなことはありえない。というのも、幼児や乳児は脳構造が未発達で、何かを記憶すること自体は可能だが、成人期まで残る記憶を形成することはできないのだ。
小さい頃の記憶を持っている人がいるのは、イメージしたことを実際に起こったことだと思いこんでしまっているからである。親から聞いた話や昔の写真などの情報源から、それらしい場面を思い浮かべると、記憶の隙間を埋めるため、無意識のうちに脳が情報の断片を自分の納得のいくようにつなぎ合わせてしまう。
こうしてできあがった「記憶」は、まるで本物の記憶のように感じられる。これが幼年期の記憶の正体である。
1990年、ロンドン大学ユニバーシティカレッジでとある実験が行なわれた。それによると、物事を覚えるときと思い出すときに同じことを体験すると、思い出しやすくなるという。たとえば、情報を覚える直前に苦痛を味わった人は、それを思い出す直前にふたたび苦痛を味わうと、記憶テストの成績が向上する。
また、記憶として何を貯蔵できるか、のちにそれをどう検索できるかには、ストレスや覚醒度も大きな役割を果たしている。人の記憶は覚醒度などの内部環境や、知覚する外部環境からも影響を受けているのだ。
人は間違った記憶、いわゆる「過誤記憶」を形成してしまうことがある。なぜ脳は記憶のエラーを起こしてしまうのだろうか。
生物的、科学的な観点から見て、人の脳が驚異的な能力を有しているのはまちがいない。しかし、その脳に組み込まれたメカニズムが、ある段階で記憶の幻想を生じさせ、結果的に過誤記憶が形成されてしまう。つまり、人間のもつ創造的で適応力のある記憶システムが、過誤記憶を引きおこしているのである。過誤記憶は豊かな心の代償である。
驚異的な記憶力を持つ人はたしかに存在する。日付の曜日や、人生のあらゆる日に起こった出来事を詳しく思い出せる能力を持つ人たちだ。彼らはHSAM (Highly superior autobiographical memory individuals: 非常にすぐれた自伝的記憶を持つ人)と呼ばれ、今では世界中に56名のHSAMが確認されている。しかし彼らが驚異的な記憶力を発揮するのは自伝的なことに限られ、他の情報について覚えることは得意ではない。
逆に、自伝的なことを覚えるのは極端に苦手だが、特定の事実と情報についてすさまじい記憶力をもった人たちがいる。彼らは「サヴァン」と呼ばれている。サヴァンの記憶力は本質的にHSAMの正反対だ。
いずれにせよ、HSAMにもサヴァンにも、
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