従来のウイルス研究は、「ウイルス=厄介者」という見地に立ったものがほとんどだった。しかし、近年は、「ウイルス=地球生態系になくてはならないもの」という見方が広がっている。そのきっかけの1つとなったのが、巨大ウイルスの発見だ。
ウイルスは、遺伝子の本体であるDNAもしくはRNAを、「カプシド」というタンパク質の殻で包み込んでいるものが基本形で、簡単な構造をしている。そして、一般的なウイルスは、10数ナノメートルから200ナノメートルという、電子顕微鏡でしか見ることができない極小サイズである。ところが2003年に、フランスで800ナノメートルにも達する巨大なウイルス「ミミウイルス」が発見された。この大きさは、細菌の小型サイズのものと同程度だ。そのため、ミミウイルスは当初細菌だと思われていたのだが、細菌に必ずあるはずのタンパク質合成装置「リボソーム」を備えていなかったため、ウイルスだとわかったのである。
ミミウイルスをアカントアメーバに感染させると、アカントアメーバの表面にへばりついて、その細胞内に取り込まれる。アメーバのような多くの細胞は、自分の表面に付着した異物を細胞膜で取り込んで食べてしまう性質があるのだ。通常であれば、異物は細胞内の「ファゴソーム」という膜で閉じ込められ、消化酵素で消化されてしまう。しかしファゴソーム内に取り込まれたミミウイルスは、ファゴソーム膜と融合し、自分のDNAをアカントアメーバの細胞質内に注入する。そしてそのDNAは複製を繰り返し、アカントアメーバ内部に「ウイルス工場」を作り上げる。生産された多数のミミウイルス粒子は、アカントアメーバを壊して外部へ放出される。
ミミウイルスの発見以降、巨大ウイルスは多く発見されている。日本でも著者が荒川で発見し、「トーキョーウイルス」と命名した。
巨大ウイルスは、粒子の大きさが巨大なだけではない。重要なのは、遺伝情報、すなわちゲノムも巨大なサイズだったことである。ゲノムとは、具体的にはDNA全体のことである。
一般的に、ゲノムサイズが大きいと、多くの遺伝子を含んでいるため、複雑な体の構造をしている。単細胞生物より多細胞生物のほうがゲノムサイズも大きく、ゲノムサイズが小さいウイルスは生物より単純な体だと考えられてきた。しかし巨大ウイルスは、従来の研究からは考えられないほどゲノムサイズが大きく、小型の細菌や一部の真核生物を凌駕しているものさえある。つまり、巨大ウイルスが備える巨大なゲノムは、まだ知られていない複雑な仕組みや、その可能性を示唆しているのだ。
前述のように、ウイルスはほかの生物の細胞の中で増殖する。まず、宿主の細胞質内もしくは細胞核内のどこかで、ウイルスは遺伝子情報を転写し、複製する。それを宿主の「リボソーム」が読み取り、アミノ酸をつなげてタンパク質をつくる。
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