米国の外交アナリストであるマイケル・リンドの著書『米国流の戦略』には次のような一節がある。「米国の政治家は〔中略〕、19世紀に大国として台頭して以降、2つの目標を堅持してきた。すなわち、北米における米国の覇権の維持、そして欧州・アジア及び中東における敵対的大国の覇権の予防である」。
実際、グローバル覇権の確立のため、米国には他の有力国の台頭を妨害してきた過去がある。具体的には冷戦期のソ連、日本、ドイツだ。米国にとって冷戦期の最大のライバルはソ連だったが、第二次大戦で敵として戦った日本とドイツにも一定の警戒感を持ち続け、その勢力増大を抑えてきた。ドイツの封じ込めにはNATOが活用されたし、日本とは日米半導体戦争などの激しい経済対立があった。
そして今、米国にとって最も手強い国家が中国なのである。
「トゥキディデスの罠」とは、古代ギリシャの歴史家トゥキディデスが唱えた、「新たな覇権国の台頭と、それに対峙する既存の覇権国の懸念や対抗心が、戦争を不可避にする」という仮説のことだ。
トゥキディデスは、紀元前5世紀頃、古代ギリシャの覇権国だったスパルタと、新たに台頭しつつあったアテネとの緊張関係が、ペロポネソス戦争を引き起こしたと結論づけた。
同様の例としては、台頭するドイツと既存の覇権国である英国との緊張関係によって、第一次世界大戦が引きおこされたことが挙げられよう。
ハーバード大学ケネディ・スクールのグラハム・アリソン教授によると、過去500年の歴史の中で、台頭する大国が既存の大国に挑戦する場合、16ケース中12ケースで戦争になったという。アリソン教授は、「米国と中国がトゥキディデスの罠を回避できるか否か」が、現代の世界秩序を考える際の焦点になると強調している。
米中の軍事関係を論じる際の最大のキーワードは、中国軍の「接近阻止/領域拒否(A2/AD)戦略」である。A2/ADとは、Anti-Access/Area Denialの略だ。
冷戦期の米軍は「前方展開戦略」を採用し、西ドイツや、日本、韓国に基地を確保していた。だが冷戦終了後、これら前方展開基地からの撤退や要員減が進み、有事の際には米国本土から直接、部隊を展開する戦略へと転換している。A2/ADはこうした米軍の緊急展開を妨害し、米軍を西太平洋地域から排除することを狙ったものである。
中国のA2/ADを支えているのが、中・長距離ミサイルである。米国は冷戦時にソ連と中距離核戦力全廃条約(INF全廃条約)に合意したため、アジア太平洋地域では射程500kmから5500kmの地上発射型ミサイルの開発、取得、実験を自制している。一方、中国は同条約の当事者ではないことから、こうした制約をもたない。そのため、中国の各種ミサイルは、米軍の空母艦隊や在沖縄米軍基地などに対する重大な脅威となっている。
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