仕事や人生全般において「深く考える力」は最高の強みとなる。深く考えられるだけの思考のスタミナをつけるには、考えることの価値を知り、深く考える時間をつくるしかない。
スピードと便利さ、効率化が重視される現在、即応即答できる人は高い評価を得がちだ。しかし、いくら素早くても、その答えが的を射ていないこともある。本来、「深く考える」とは「プロセスをたどる営み」であり、必ずしも「最適解」を出すことではない。ビジネスでの「最適解」は、過去のデータや現状分析によって導き出せるが、それは「深く考える」という営みとは異なる。
もちろん、思考の海底まで潜水して考えた末に出した答えが見当違いの場合もある。しかし、「深く考える」プロセス自体から生まれる「何か」がある。この「深く考える」営みこそ、人間の個性であり一番の強みである。これが元AI研究者としての著者の見解だ。
そもそも「考える」と「深く考える」の違いは何なのか。私たち人間は、「考える」という行為をしているとき、実際には「recognition(認識)」にとどまっていることが多い。日々考えているといっても、「目の前のものは、すでに自分の中にある概念と同じ」というふうに、認識・確認する作業であることがほとんどである。
例えば「電車の混雑=遅延」という概念に、目の前の電車の混雑という状況を当てはめて、頭の中に反響させ「再び(re)+認知(cognition)」する。要は、目の前の出来事と自分の知識の答え合わせのようなもので、これは「深く考えた」とはいえない。
一方、「深く考える」とは、未知のものについてそれが何なのかを考え抜き、新しい概念を自分の中に形成していくことや、既知のものに新たな側面を見つけようと思案することを指す。新たな発見においては、回り道も勘違いもつきもので、その分時間がかかる。自分なりの答えを導き出そうと粘り強く試行錯誤する。このプロセスを経る中で、新しい発見が生まれる。そして、この「認知(cognition)」こそが深い思考だと著者はいう。こうして「発見」の回路が脳内にできれば、深く考える機会が増え、思考力強化につながる。ひいては、発想の転換も促される。
人間には「深く考える」という機能が初期設定されている。にもかかわらず、思考を介在させずにすぐ行動するのは、自分を放棄して誰かの意のままに動くようなものといってよい。
ほとんどの製造現場では、タスクを細かく分割し、作業員が決まった一つのタスクを受け持つという「ライン生産方式」がとられている。一方、すべての工程に一人の人間が関わる進め方を「セル生産方式」という。皮肉なことに、便利さと効率ばかりを追求していると、ビジネスパーソンもライン生産方式で仕事をこなすようになりかねない。そこで、あえて不便なセル生産方式を意識することで、考えるという営みを取り戻すことが可能となる。
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