自民党史に刻まれることになる、若手議員だけで構成される政務調査会の小委員会「2020年以降の経済財政構想小委員会」(小泉小委員会)の記念すべき初会合は、2016年2月10日に開催された。
第一の問題提起として、小泉進次郎・衆議院議員は「戦後の日本が第一創業期、2020年以降の日本が第二創業期と捉える」とし、65歳以上を高齢者とする定義に疑問を投げかけた。65歳を高齢者と定義した場合、日本の高齢化率は27.3%にのぼり、2045年には36%を超える。しかし高齢者の定義を75歳以上とすれば、高齢化率を現在の水準以下にすることができる。ただしこの定義を変えるためには、多くの人が75歳まで働き続けられる社会を創出することが必要不可欠だ。
村井秀樹・衆議院議員が起草した「たたき台」では、65歳以上を高齢者とする社会の常識や、現行の高齢者に偏った社会保障給付のあり方に疑問が投げかけられた。そしてAIやロボット技術の進展を前提に、全世代の生活基盤を支え、多様な生き方が選択できるような社会保障を再設計する必要があるという認識が示された。
高齢者を75歳以上と再定義するにあたって、議論の中心に「人生100年時代」という言葉が据えられるようになった。その概要は、以下のようなものだ。
今年18歳を迎える若者世代のなかには、100歳まで生きて、22世紀をその目で見ることのできる人も大勢いる。そのような「人生100年時代」でも、長生きがリスクとならず、安心して未来に進んでいける社会を実現しなければならない。そのためには自助努力の支援を基本に、世代を問わず、真に困っている人を社会全体でしっかり支えていく社会保障を整備する必要がある。
また、人口が減少する日本では、人工知能やロボットなど、最先端技術を世界に先駆けて導入しやすい。それによって新しい産業も生まれるだろう。前向きに捉えれば、一生のうちに何度も新しいことにチャレンジできる社会になるはずだ。老若男女がライフスタイルに応じて、多様な働き方や生き方を選択するようになり、終身雇用は常識でなくなる。
新しい技術に支えられ、より長く働けるようになる社会では、「高齢者」や「現役」の定義自体を見直さなければならない。高齢者を一概に弱者と見なすのではなく、本当に支援が必要な高齢者に対して、充実した給付を行なうことが重要だ。
小泉小委員会が発信するメッセージには、「レールからの解放」というタイトルがつけられた。この「レール」というキーワードは、「年齢を軸とした画一的な生き方」を指している。
多くの若者は「レールから外れたくない」という強迫観念に縛られて生きている。そのレールこそ、進学や就職など年齢にもとづいて要求される、戦後から続く社会システムであり、人生を選べない不自由と閉塞感の元凶である。これからの社会保障は、そうしたレールに縛られない柔軟なものであるべきだ。
1本のレールをイメージさせ、それからの解放というメッセージを伝えることで、「単一性から多様性へ」というメッセージが明確になった。いまの日本だと「一度レールから外れてしまえばやり直しがきかない」という恐れから、小さなチャレンジにも踏み出せない人が大勢いる。価値観が多様化しているにもかかわらず、自分らしい選択ができないのだ。
小泉小委員会は、政治が用意したひとつの生き方に個人が合わせるのではなく、個人それぞれの生き方に政治が合わせていくべきだと考えた。そのような政治をめざすなか、「人生100年時代の社会保障」から「こども保険」に至るまで、さまざまな政策が生み出されていくことになる。
小泉小委員会はまず、「人生100年時代」において国民が未来に安心して進んでいくため、「厚生労働省分割案」を作成した。
厚生労働省は国民の安心の基盤となる重要政策を担っており、社会保障、感染症対策、雇用対策、職業訓練など、じつに広範囲をカバーしている。だがこのような多岐にわたる業務を、「1人の大臣」「1つの役所」だけで担当することは困難になりつつあった。
そこで小泉小委員会は「社会保障」「子ども子育て」「国民生活」の3つの機能に厚生労働省を分割し、新たな省を設置するべきという方針を打ち出した。党内からは「厚労部会を通さずに公約に盛りこむのは手続きとして問題がある」との批判も出たが、後に参院選の公約には「省庁再々編を含めた中央省庁改革について検討」という文言が盛りこまれた。
小泉小委員会にとって、記念すべき最初の成果だった。
年金には「支給開始年齢」と「受給開始年齢」という2つの考え方がある。
「支給開始年齢」とは国が定めた、年金を支払いはじめる基準となる年齢のことで、現在は65歳である。一方で私たちは、自分が年金を受け取りはじめる年齢を、特定の範囲で決めることができる。これを「受給開始年齢」と呼び、現在は60歳から70歳までの間と定められている。60歳から受給しはじめても、70歳から受給しはじめても、私たちが自分の平均寿命を迎えた年に、ちょうど受給総額が同じになるという仕組みだ。
小泉小委員会ではこの「受給開始年齢」が徹底的に議論された。たとえば私たち一人ひとりが選択できる受給開始の幅を、60~70歳から60~75歳に拡大すべきではないか。「人生100年時代」のなか、より長く働くという道を選ぶこともできるように、制度を柔軟化する狙いがそこにはあった。
また現在は、高齢者だけでなく若年層の貧困も深刻だ。このことから、新しい時代のライフスタイルに合わせて、社会保障を見直すべきという議論も行なわれた。いまの社会保障は終身雇用を前提に設計されており、未来のライフスタイルに対応できない。今後はいかなる雇用形態であっても、企業で働く人は全員、社会保険に加入できるようにして、充実した社会保障を受けられるようになったほうがいい。いわば「労働者皆社会保険制度」の実現である。
これら新しい社会保障の構想は、テレビやネットなど幅広いメディアに取りあげられ、「人生100年時代の国家戦略」は少しずつ日本社会に広がっていった。
自民党では少子化対策の議論が何十年もくりひろげられており、一定の結論がでている。たとえば待機児童対策・児童手当拡充などの子育て支援の強化、若者の所得水準低下への対応、晩婚化など少子化を助長するライフスタイルへの対策である。
いずれの場合も問題になるのは財源だ。少子化対策を議論するときには、かならず最後に財源の壁にぶつかると役員たちはわかっていた。そこで小泉小委員会が提案した法案が、「保険方式」を活用した「こども保険」だった。
「こども保険」は、子どもが必要な保育・教育等を受けられないリスクを社会全体で支えるべく考案された。実現すれば年金・医療・介護に続く社会保険として、「全世代型社会保険」の第一歩となる。
「こども保険」は当面0・2%(事業者と勤労者でそれぞれ0・1%ずつ)で、厚生年金保険料に付加するかたちで徴収。自営業者などの国民年金加入者には、年間2千円の負担を求める。
これが実現すると、小学校就学前の児童全員に月2・5万円を上乗せ支給できるようになる。いまの保育園や幼稚園の平均保育料は1~3万円程度だ。現行の児童手当を合わせると、就学前の幼児教育は実質的に無償化できるだろう。
また、今後は社会保障給付における世代間公平を実現するという観点から、社会保険料を横断的に議論する新たなフレームワークを設定していくつもりだ。具体的には医療介護の給付改革と、こどものための財源確保を同時に進めるべく議論が行なわれている。
2017年4月13日午前、こども保険の実現をめざす「人生100年時代の制度設計特命委員会」の初会合が開催された。小泉小委員会が事実上、特命委員会に格上げされたかたちである。既存のメンバーも半数以上、新特命委員会の委員に選ばれた。
議論が始まると、こども保険に対し各委員からさまざまな批判や疑問が投げかけられた。主な論点は財源、使途、給付対象者の所得制限、給付を受けない層の不公平感だ。しかしその多くは、すでに小泉小委員会で議論されたものだった。小泉は「子どもを社会全体で支えるという観点で忌憚なく議論したい」とし、こども保険をひとつのアイデアとしつつ、順次議論していきたいと訴えた。
そして6月9日、いわゆる「骨太の方針」が閣議決定され、そこにはこども保険を念頭においた、「幼児教育・保育の早期無償化」と「新たな社会保険方式の活用」という文言が入った。小泉小委員会の全面的な勝利といえる結果だ。
小泉小委員会が打ち出した「人生100年時代の社会保障へ」「こども保険」「厚労省分割」という3つの提言は、すべて自民党の政策決定プロセスに乗った。若手議員が議論してまとめあげ、発信した提言が党や政府に受け入れられたということは、小泉の言葉を借りれば「政策決定過程のイノベーション」にほかならない。
このようなイノベーションが起きたのには、いくつかの背景が考えられる。まず指摘するべきなのが、霞ヶ関・永田町の政策立案能力の低下である。各省は目の前の業務に忙殺され、新たな政策を考え出すエネルギーに欠けていた。そこにエネルギーをため込んだ若手議員が立ち上がり、新しい発想をいくつも生み出していったというわけだ。新しい発想を許容する、自民党の伝統が支えになったのもあるだろう。
加えて、小委員会をとりまとめた小泉進次郎の存在も大きい。彼はどの派閥にも属していないが、だからこそ金やイデオロギーではなく、信頼で結ばれた大勢の若手議員が彼のもとへと集まった。
こうしてさまざまな要因がかみ合った結果、小泉小委員会の政策が党内外に広がったのである。
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