日本で「数字に馴染みのあるスポーツといえば?」と聞けば、きっと野球を思い浮かべる人が多いだろう。単打数、二塁打数、三塁打数、防御率、奪三振数、チーム順位、連勝数――野球ファンならこれらの数字を記憶し、選手やチームの優劣を論じるものだ。
しかし著者はサッカーがもっとも数学的なスポーツであると主張する。なぜならサッカーは「チームワーク」のスポーツだからである。パスのネットワーク、攻撃の幾何学的構造、選手の動きの流れなど、サッカーではじつにさまざまなパターンが発生する。数学はまさにそのパターン記述に適した言語なのだ。
一流の日本人サッカー選手の多くが、チームワーク重視のドイツ「ブンデスリーガ」に所属しているのは興味深いことだ。
そのなかでもスター的存在なのが、ボルシア・ドルトムントのゲームメーカー香川真司である。著者は2015/16シーズンのドルトムント対ハノーファー96(1-0でドルトムントの勝利)で、パス・ネットワークがどうなっていたかを分析した。すると、香川が前にいる3人のアタッカーを結びつける役であること、そして左サイドからの攻撃の起点となるゲームメーカーだということがわかった。
当時のドルトムントは、センターバックのマッツ・フンメルス、ネヴェン・スボティッチが攻撃を組み立てていた。彼ら2人が左右にパスを出し合いながら前進の機会を伺い、左サイドの香川、右サイドのイルカイ・ギュンドアンというつなぎ役を介して、アタッカーへとパスを回していく。すべての選手が自分の役割を果たし、パスや動きを通じて連携する。だから「チーム全体が部分の総和を上回る」のだ。
サッカーを俯瞰的にとらえようとするとき、もっとも適切な対象はフォーメーションである。
2011/12シーズンのバルセロナを例にとろう。彼らのパス・ネットワークを見ると、360度あらゆる方向に対してパスを出せるように、それぞれの選手の間に三角形が構成されていた。この三角形こそが、バルセロナの強みであるボール・コントロールとパス回しを可能にしていた。
大きな角度をもつ三角形で空間を埋め尽くすという意味では、バルセロナのフォーメーションと東京近郊の鉄道網は似ている。効率的な鉄道網が国じゅうを鉄道路線で埋めつくしているのに対し、バルセロナはピッチ上をパスという導線で埋めつくしているのだ。
鉄道網と異なり、サッカーのフォーメーションは状況に合わせて形を変える必要がある。
ここでバルセロナのリオネル・メッシと周囲のチームメイトに注目してみよう。メッシはアンドレス・イニエスタやシャビ・エルナンデスにパスを出すと、前方に入ってすぐにまたボールを受け取るという動きをくりかえしていた。
このパス回しにおけるメッシ、イニエスタ、シャビそれぞれの位置取りがすばらしい。彼らは相手チームのペナルティ・エリア際で、ゾーンを三角形で分割し担当していた。だから効率的なパス回しができたのだ。
これを数学的に、「パス回しを成功させるべく、ピッチ上で幾何学がくりひろげられていた」と表現したい。ゴールはチームが築く「構造」の結果として生まれるのである。
バルセロナはたしかにピッチ上で幾何学をくりひろげる。しかし選手たちは、なにも頭のなかで数学を実践しているわけではない。
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