「読書が苦手で30歳まで本を読まなかった」。そんな精神科医の著者が、今では少なくとも月に5冊、多いときは10冊の本を読んでいる。
読書をする理由は2つある。1つは、テレビのコメンテーターや講演などのアウトプットの質を高めるために、常に情報をインプットし続けなければならないためだ。2つ目は、精神科医として「人間とは何か」という問いに向き合い、あるべき人間の姿に出会いたいと考えているためである。
これらを満たすために大事なことは何か。それは、今の自分では到底理解できないような、さまざまなジャンルの頂点に位置する「頂にある本」に挑戦することである。著者の場合は、空海の原著などがそれにあたる。一回に数ページ、あるいは数行しか進まない。そんな本を読み、限界を超える経験が、生きる力になる。
限界を超える読書には思わぬ効用がある。相手の話を理解しようという姿勢が育まれ、聞く力が磨かれるのだ。人は一般的に他人の話を7割聞き逃しているという。しかし、自分の理解を超えた本に向き合っていると、自分と感性の異なる他人の話に、3割くらいは素直に耳を傾けられるようになる。
最近ベストセラーになる本は、知識や教養についてわかりやすく書かれ、デザインなど読みやすい工夫が施された本が多い。こうした「親切な本」から知識を増やすことも、もちろんよいし便利である。
しかし、それだけでは成長に結びつかない。筋トレでも、ある程度負荷をかけてはじめて筋肉がつく。同様に、背伸びをして、知恵と経験を振り絞りながらでないと理解できない「不親切な本」を読むことで、人ははじめて成長できる。そして限界や壁を突破できるようになるのだ。
集中力がない人でも、散漫力を読書に活かすことができる。1冊の本をずっと読むのではなく、高レベルの本や、すらすら意味がわかる本を2、3冊かわるがわる読む。そうすれば飽きがこず、それぞれの本の関連するポイントが見つかり、テーマを深掘りしやすくなる。
この散漫力を発揮した読書をさらに進化させたのが、「三角読み」読書術である。食事では、「ごはん・おかず・味噌汁」の三角食べが理想的だといわれる。同様に「読む・考える・書く(ツイートする)」をくり返すことで、読書が長続きするというわけだ。
このときツイッターがメモ帳がわりになる。ツイッターに思いついた内容を書くことで、頭をニュートラルな状態にして、読書や思索に戻っていける。
1冊あたり10分だけ集中読書をし、6冊を1時間で一巡させるというのも手だ。また、原本とその解説本を行ったり来たりする「振り子読み」という方法もある。「つまらない」と感じたら、無理に読み続ける必要はない。読書嫌いには読書嫌いなりの読み方があるのだ。
自分の専門分野の本よりも、他分野の本を読んだほうが専門分野の理解が深まることがある。著者の場合は、専門の精神医学の本よりも、ドストエフスキーの『白痴』や埴谷雄高(はにやゆたか)の『死霊』などの文学作品から受けた影響のほうが大きいという。
「理解」とは「別の言葉で言い換えられること」である。別のジャンルの人が別の言葉で何かを語るときに、それを他のジャンルの内容に翻訳できたときに、真の意味で理解できたといえる。このように専門外の本を読み、異なるジャンルを関連させる「他ジャンルリンク読み」によって、驚くほど理解の厚みが増す。
ある講師が自分の専門分野について、一般の方が面白く、ためになると感じるように話をするとき。そして、講師がつい熱くなり、自分の興味あるテーマについて夢中で語るとき。参加者の満足度が高いのは後者だという。講師が熱くなっているときのグルーブ感やノリは、聴く者にも伝わり、理解の度合いが上がっていくためだ。
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