マサチューセッツ工科大学の研究者、アレックス・ペントランドによると、人間には「シグナルを出す」というコミュニケーション方法があり、誰もが無意識のうちに使っているという。私たちは、相手との距離の近さやアイコンタクトなどといった言葉以外の方法で「帰属のシグナル」を送ることで、「安心できる関係」を構築している。
帰属のシグナルには3つの特徴がある。他のメンバーとの交流を大切にする「エネルギー」、メンバーを独自の存在と認め、尊重する「個別化」、関係はこの先も続くという「未来志向」だ。この3つを合わせると、「あなたはここにいて安全だ」というメッセージになる。
人間の脳は、関係性のシグナルを敏感に感じ取っている。帰属のシグナルによって、脳に「危険の心配はないよ」というメッセージが送られると、脳は「つながりモード」にシフトする。この状態を「心理的安全性」と呼ぶ。
私たちの脳は、つねに「他の人からどう思われているだろう」と心配している。だから心理的安全性を構築するためには、脳と恐怖感の結びつきを理解し、帰属のシグナルを何度も送り続けなければならない。
一貫して失敗し続けるチームの事例として、アメリカの大陸間弾道ミサイル「ミニットマン」の発射チーム、「ミサイラー」がある。彼らは、本書に挙げられている2007年から2014年の間だけでも重大な問題を複数回引き起こしている。中佐が隊の腐敗を指摘したが、まったく効果がなかったという。
帰属のシグナルは、「私たちはつながっているか?」「私たちは未来を共有しているか?」「ここは安全な場所か?」という問いで測ることができる。これらすべての問いに対して「イエス」と答えられる環境こそ、メンバーが安心できる環境だというわけだ。では、ミサイラーの場合はどうか。
ミサイラーのチームは、物理的にも、社会的にも、感情的にもつながりが薄い。職場は寒くて薄暗く、設備が古い。ミサイラーの仕事は冷戦の終わりとともに時代遅れになってしまい、出世の見込みがない。何度も繰り返されるテストでは、毎回異様に長く細かい内容に完璧に答えることを要求される。何か問題が起こればさらに厳しいテストと規律が課され、隊員の士気が下がり、ミスを引き起こすという悪循環に陥っている。つまりミサイラーには、帰属のシグナルがまったく存在しない環境だといえよう。
ここでの問題は、人格や規律の不足ではない。所属する組織の文化に帰属のシグナルと安心感がないことだ。ミサイラーを辞めた人たちが立派なキャリアを築いていることからも、それがわかるだろう。
安心できる環境をつくるためのマニュアルはない。必要なのは、すべてを見逃さない注意力と、シグナルを送るタイミングと相手を間違えない能力である。具体的には、相手の話をさえぎらずによく聞くことや、自分の弱さを認めること、悪い知らせを伝えてくれた人に心からの感謝を伝えることなどが挙げられる。
過剰なほどに「ありがとう」と伝えることも重要だ。アダム・グラントとフランチェスコ・ジーノによる実験をみてみよう。この実験では、ある学生が、履歴書を書くのを手伝ってくれる人を探しているという設定で行われた。手伝った人の半分はその学生から感謝され、半分は特に感謝されない。するとその後、別の学生から同じ頼みごとをされた際、感謝されたグループが頼みごとを引き受けた確率は、感謝されなかったグループの2倍以上になったという。誰かから感謝された人は、別の人に対しても親切になれるということがわかる。
それはなぜか。「感謝」という行為が、帰属のシグナルの役割を果たしているからだ。「ありがとう」という言葉は、安心、つながり、モチベーションを高めてくれる。著者の調査でも、成功しているチームほど感謝の言葉が多く、トップのメンバーがいちばん下のメンバーに対して積極的に感謝の言葉をかけているという。
著者は、「帰属のシグナル」がチームを団結させる「接着剤」ならば、信頼関係や協力関係はチームを動かす「筋肉」だという。卓越したチームワークには、お互いへの信頼を感じる瞬間が多く見られる。
一方、チームには、ぎこちない瞬間もある。あえて言いにくいことを伝える瞬間だ。たとえばピクサーの場合、「ブレイントラスト」と呼ばれる、製作中の映画を分析・改善する会議が該当する。その会議では、キャラクターに深みがない、ストーリーがわかりにくいといった問題点の指摘が次から次へと飛んでくるという。
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