平成最後のアニメ論の表紙

平成最後のアニメ論

教養としての10年代アニメ


本書の要点

  • アニメはそれ自体が教養(文化)であり、同時に教養(学問)として分析するに足るものだ。

  • 「夢」や「地獄」などの彼岸をモチーフとする10年代の代表的な作品は、日本文化を継承しつつも「再境界化」することで、現代人の価値観に揺さぶりをかけている。

  • 怖い「世界観」を背景にかわいいキャラクターが活躍するのが、10年代アニメの特徴のひとつだ。

  • アニメ作品の中には、現実の歴史や社会情勢、遠い未来の予測が詳細に記されているものがある。そうした「世界観」には、現実の私たちの「世界像」を強く揺さぶる力がある。

1 / 4

【必読ポイント!】 「世界観」という切り口によるアニメ論

「教養」としてのアニメとは

metamorworks/gettyimages

アニメはそれ自体が教養(文化)であり、同時に教養(学問)で分析するに足るものである。というのも日本の商業アニメーションは単なる娯楽ではなく、「インフォテインメント」(Infortainment)=情報娯楽だからである。情報娯楽とは「情報」(Information)と「娯楽」(Entertainment)からなる合成語だ。この情報の部分を教養(学問)で分析、解析するのである。同時にアニメは「エデュテインメント」(Edutainment)=教育娯楽でもある。エデュテインメントという言葉は「教育」(Education)と「娯楽」(Entertainment)の合成語であり、一般的には「遊びながら学ぶ体験型学習」を意味する。これを転用し、アニメはある種の「教育」として機能するという論を展開することもできよう。こうした方針は、著者の前々著『教養としての10年代アニメ』(2017年)および前著『教養としての10年代アニメ 反逆編』(2018年)から基本姿勢として受け継がれている。本書ではそれに加え、「世界観」という切り口からのアニメ論も試みる。この着想は文化人類学者であり漫画家でもある都留泰作(つるだいさく)が提唱した「世界観エンタメ」という考え方から来ている。ただし本書では、文化人類学が定義する「世界観」ではなく、ドイツの哲学者ヴィルヘルム・ディルタイの「世界観学」を批判的に継承した方法を用いる。つまり作品の「世界観」を、読者の「世界像」(Weltbild)へと結びつける試みである。とくに10年代後半のアニメでは、「設定」に凝ったタイプのエンタメが増加傾向にある。物語の「世界観」を読者の有する「世界像」につなぐことができれば、それは読者に資することになるはずだ。

2 / 4

あの世とこの世

『君の名は。』と日本古来の「夢」

Cloud-Mine-Amsterdam/gettyimages

フランスの映画研究家ジャン=ルイ・ボードリーによると、映画は「シミュラークル(まがいものという意味だが、ここでは夢)を生み出す装置」だという。であればアニメは、強烈に視聴者の「欲望」を喚起するという意味で、映画よりも強烈な夢の再現装置といえるのではないか。新海誠監督の第9作目『君の名は。』は、主人公の瀧とヒロインの三葉がみる「夢」を軸に展開するだけでなく、アニメ自体が「夢見の装置」として機能している。一般的に「夢」は、「過去」の経験が形を変えたものとされる。だが『君の名は。』にあらわれる夢は、日本の古代・中世における夢と同じだ。つまり過去よりも「彼方」(未来)に向いているのである。『古事記』には、神を祀り夢の神告を受けるための寝床「神牀」に関する記載がある。当時は王の夢を見る力が、王権の維持のために必要とされていた。しかしやがて厩戸皇子(聖徳太子)の瞑想の場としての夢殿や、『万葉集』に見られる夢をモチーフとした歌などのように、夢は公的なものから私的、個人的なものになり、「夢の民主化」がなされていく。平安時代や中世になると、夢は神仏・死者からのメッセージとされた。この時期は夢のメッセージを解読してもらう「夢解き」が、巫女や修験者、陰陽師のような霊能者によって行われていたという。

もっと見る
この続きを見るには...
残り3030/4379文字

4,000冊以上の要約が楽しめる

要約公開日 2019.04.13
Copyright © 2025 Flier Inc. All rights reserved.

一緒に読まれている要約

東京格差
東京格差
中川寛子
ことばの「なまり」が強みになる!
ことばの「なまり」が強みになる!
吉村誠
居酒屋へ行こう。
居酒屋へ行こう。
太田和彦
サンデル教授、中国哲学に出会う
サンデル教授、中国哲学に出会う
マイケル・サンデル鬼澤忍(訳)ポール・ダンブロージョ(編著)
14歳からの資本主義
14歳からの資本主義
丸山俊一
民主主義の死に方
民主主義の死に方
濱野大道(訳)スティーブン・レビツキーダニエル・ジブラット
アナログの逆襲
アナログの逆襲
加藤万里子(訳)デイビッド・サックス
ゼロは最強
ゼロは最強
TAKAHIRO

同じカテゴリーの要約

ユニクロ
ユニクロ
杉本貴司
ローソン
ローソン
小川孔輔
ケーキの切れない非行少年たち
ケーキの切れない非行少年たち
宮口幸治
トヨタの会議は30分
トヨタの会議は30分
山本大平
シン・サウナ
シン・サウナ
川田直樹
リッツ・カールトンが大切にする サービスを超える瞬間
リッツ・カールトンが大切にする サービスを超える瞬間
高野登
PLURALITY
PLURALITY
オードリー・タンE・グレン・ワイル山形浩生 (訳)鈴木健(解説)
キーエンス解剖
キーエンス解剖
西岡杏
両利きの経営(増補改訂版)
両利きの経営(増補改訂版)
チャールズ・A・オライリーマイケル・L・タッシュマン入山章栄(監訳・解説)冨山和彦(解説)渡部典子(訳)
2030年
2030年
ピーター・ディアマンディススティーブン・コトラー土方奈美(訳)