お洒落な海沿いのエリアというイメージが定着している「湘南」。このエリアは、不思議なエリアでもある。それは、単に「湘南」といっても範囲が曖昧で、人によってイメージするエリアが異なっているからだ。
実際に、自動車ナンバーの「湘南」と行政区域の「湘南」、そして気象庁のいう「湘南」は、それぞれ指す範囲が異なる。しかも、一般的な「湘南」のイメージに近い鎌倉市、逗子市、葉山町はいずれにも含まれていない。
各人によってとらえ方が異なる「湘南」だが、魅力的なイメージは共通している。本書のテーマは、そんな魅力的な「湘南」のイメージ形成のプロセスや伝達のプロセスを明らかにしていくことだ。本書では葉山から大磯にかけての相模湾沿岸を「湘南」と定義し、検証していく。
歴史性を加味しつつ、「湘南」を少し広義に捉えるとするならば、国道134号線沿線といえるだろう。具体的には、横須賀市の長者ヶ崎から大磯駅前の沿線である。このルートを車で走ってみると、きっと納得できるはずだ。
長者ヶ崎からスタートすると、左手に葉山御用邸、葉山マリーナを通り過ぎる。逗子市の中心街を右手に見て、丘の上の披露山庭園住宅地の横を抜けていくと、逗子マリーナのリゾートマンション群を左手に走ることになる。
トンネルを抜けて少し行くと、鎌倉市に入る。川を挟んで左側は由比ヶ浜。過去には夏目漱石の『こころ』にも登場したスポットだが、今やサーファーのメッカになっている。このあたりから江ノ島電鉄と並走し、江ノ島へ。鵠沼、辻堂、茅ヶ崎のサザンビーチと進み、相模川を越えると平塚だ。終点は、大磯ロングビーチが有名なJR大磯駅である。
このコースを走ってみると、「湘南」に関してほとんど共通のイメージが描けるだろう。何よりも「海」である。「海」を中心としたイメージ形成が行われている地域は他にもあるが、「湘南」のブランドイメージは最高位だといえよう。
「湘南」はどのようなイメージで捉えられているのだろうか。実は意外と、「湘南」全体に関するイメージ調査は数少ない。
2003年に実施された「湘南ブランドの価値に関する研究」によると、地元住民の54%が江ノ島および海という環境に「湘南」ブランドを感じているという。一方、「湘南」以外の神奈川県民の53%、他県の住民の40%が「サザンオールスターズ」「サーフィン」といった非環境にブランドを感じている。
アンケートの形式によっては、もう少し別のイメージが見いだせたかもしれない。だがいずれにせよ、「湘南」のイメージとして何より目立つのは「海」や「夏」であろう。加えて、鎌倉、葉山などには別荘文化の「高級、富裕層」イメージ。海やサザンオールスターズからは「若者」イメージ。『スラムダンク』などからはヤンキーイメージが形成されているはずだ。そしてこの3つの層が重ねあわさって、「湘南」のイメージが形成されているのではないだろうか。本書では、この仮説を検証する形で論を進めていく。
「湘南」と音楽が結びついたのは、「湘南」サウンド以降であろう。湘南サウンドの定義は1960年代以降、「湘南」(主に茅ヶ崎)育ちの若者を中心に発表された、海やスローライフをテーマとする音楽だ。加山雄三やサザンオールスターズ、TUBEなど、数々のアーティストがその代表格である。
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